■2004年1月30日

夜更かしによる睡眠不足が続く。仕事が忙しくてではなく、高校受験を間近に迎えた娘のお付き合いによるもの。
今年から県立高校の受験制度が変わり、前期試験が2月2日にある。科目は数学と英語、そして集団面接。数学ならお手のもの、何でも教えてやる。などと息巻いて、お酒片手に夜なべレッスンを続けているわけだが、これまでは何とか親の面目を守ることができていた。しかし、昨夜出会った某有名国立大学付属高校の問題は、相似図形をいくつも探しながら、三角形の面積比を求めるという難問。30分ほど熟考したが、遂にギブアップ。公立高校では、こんな難しい問題は出ない、と説得力のないコメントを残し、ベッドに向かったが、悔しいのと、寝る前に普段使わない頭脳を使ったのとで、なかなか眠れなかった。
で、本日は頭痛と眠気でさえない一日を過ごしたというわけ。

kita(喜多順三)

■2004年1月29日

(社)徳島県建築士会の住宅相談に行ってきた。今回受けた相談は3件。ひとつは、古い住宅の耐震性について。南海地震の報道が毎日のように伝えられ、住宅の耐震補強への関心もかなり高くなってきた。しかし一般の人にとっては、どうしたらいいか分からない、というのが実状だろう。住宅の耐震補強は、増改築工事と同じように個別性が高いものである。つまりひとつひとつの家の状態によって、それぞれ対応が異なる。なので、耐震方法についての技術開発も大事だが、個々の住宅に適切に対応していくシステム構築、つまり信頼できる専門家による相談や調査、設計、施工の仕組みづくりが急がれるところである。さて、あとのふたつのご相談。これはお決まりの欠陥住宅についての紛争問題だった。この種のトラブル。事情は千差万別ながら、やはり大きな原因は、はじめのボタンの掛け違い。

fun(笠井義文)

■2004年1月28日

今、一級建築士の試験の勉強は構造力学だ。たった二回の授業で計算問題が終わるのだが一回で40ページぐらい進むので、公式を暗記するだけでも、なかなかだ。きょうも朝、4時からしているのだが、宿題がなかなか終わらない。しかし、いままで現場などで、木組みや筋かいなどは、親方や職人の先輩がたから、教えてもっらたことをしていたのだが、トラスなどここに力が加われば、ここは引っ張りだなとか、断面係数など、いままで経験でしていたことに理論がついていくので、すごく楽しい。現場の経験と計算で確認された確かな構造物を作りたい。さすがに一級になると、いままでの資格試験のなかで一番大変だ。でもそのぶんやりがいもある。

miya(宮田育典)

■2004年1月27日

先日わたしが一番よく使っているパソコンのモニタが壊れた。変な音がしているので、一度終わらせて、しばらくして電源を入れると、立ち上がったと思ったらすぐに画面が真っ黒になってしまい、それっきり.....。今は別のパソコンで使っていた同じ型のモニタをつないで使っているけれど、そちらのパソコンにつないでいたA3のプリンタとスキャナが使えない状態。プリンタは他ので間に合うけれどスキャナはそこだけだし、古い型なので他のパソコンにはつなげないらしいのです。新しくスキャナを買うか、モニタを買うか、悩んでいるところ。スキャナは安いらしいのでそちらを買うことになるのかも。でも薄い液晶のモニタも魅力だしな〜。

yuu(笠井祐子)

■2004年1月26日

今日、M邸ポーチ前のガラスブロックに目地が入った。このガラスブロック、前にもこの日誌で紹介したが、ガラス屋さんが余った古いものや、取り外したものの捨てきれないでいたものを、大切に保存されていた。これをMさんがもらい受け、ガルバリウム鋼板のスクリーンの真ん中にはめたのだ。従って同じものがほとんど無い。はめる順番をMさんに予め決めてもらってその通りに積んだものである。文句なしにきれいだ。ガラス屋さんのガラスブロックに対する想い、それを使いたいと思ったMさんの感性、その橋渡しをしたtakさんとfunさん、私の気持ちが合わさって実現したものだが、今日、Mさんからこの部分が一番気に入っていますとの言葉をいただいたとき、面倒がらずにやって良かったなとつくづく思った。M邸も来月中旬竣工を目指し、いよいよ佳境に入ってきている。takさん、気を抜かずにラストスパートで頑張ろうね。

hon(本田圭一)

■2004年1月25日

3.5インチのフロッピーディスクを買いに行く。Windowsの起動ディスクを作るためである。数年前まではずいぶんお世話になっていたが、最近ではほとんど使わなくなってしまった。数ヶ月前、5インチのフロッピーディスクドライブを探している友達がいた。そのうち3.5インチも姿を消す日が近いのかもしれない。最近ではフロッピーディスクドライブが別売のP・Cも珍しくない。それだけ不必要になりつつあのである。ワープロを始めた頃フロッピーを1枚ずつ買っていたのを思い出す。それだけ高価なものであった。今は全てが10枚以上のセットで売られていた。私が手にしたのは12枚で480円。ずいぶん安くなったものである。

tak(高浜 豊)

■2004年1月23日

1月23日と言えば思い出すのが、第十堰をめぐる徳島市の住民投票である。徳島市民が下した「可動堰はNo!」という結果を受け、当時の建設省は「可動堰は白紙」との判断を示し、4年が過ぎた。新しい知事は流域の意見を聞いてまわり、3月中には県としての見解をまとめることになっているようだが、どういう見解になるのか注目したい。
この問題、ここまで根が深くなった一因に、「可動堰は是か非か」という二元論でしか論じられなかったことがあると思う。そもそもは、治水や利水も含めての吉野川の環境をどうするのかという県民の生活に関わる問題が、いつの間にか可動堰という計画に関わる問題に置き換わってしまった。少しややこしい言い方をすれば、生活要求の議論が計画要求の議論に置き換えられたことになる。もう一度、その原点に返り、何をしなければならないのかを考える必要があると思う。
似たようなことは、すまいづくりでも起きていて、家族が暮らすためにどのようなすまいが必要か、その生活要求からすまいの形が考えられなければならないのだが、みんなが情報に振り回されているのか、我が家は3階建てのn-LDKで良いとか、あらかじめ可能性を限定するような計画要求的な発想にとらわれがちである。その結果、家族間で合意形成ができず、住民投票ならぬ、家族投票などと言うことにならないよう、暮らしの形を考えることを大切にしましょう。とはいえ、これが意外と難しい。

kita(喜多順三)

■2004年1月22日

miya君の日誌にもあったように、昨晩は新年会だった。エディットのメンバー、誰かと誰かは毎日のように会っているが、一同に顔を会わすことはそれほどない。それだけに例会やイベントの機会は貴重で、今年はこれまで以上に増やしたいと思う。さて、昨日の主なテーマは、ホームページのリニューアルについてであった。この前のリニューアルから丸二年が経ち、更新が停滞している部分があったり、古くなった情報なども増えてきた。また、当初我々がみなさんに伝えたかったことも、ある程度お伝えできたように思う。ということで、当ホームページも第二ステージである。具体的には、より簡潔で分かりやすく我々の活動をご紹介する内容にしたいと考えている。そして、家づくり、ものづくりを一緒にしてもらえる人の輪を更に拡げていくことが目標である。桜の咲くころには、新しい顔をお見せできると思う。

fun(笠井義文)

■2004年1月21日

今日は今度、藍住町に建設するN邸の地鎮祭だった。いままで、設計したり材料の打ち合わせしてきたことが、これからいざ始まるわけですごく楽しみであるが、施主さんのお金を使ってするのだから、すごい重圧だ。けどその重圧が完成したときの充実感というかやり遂げた喜びに変わる。仕事としてもういくつも作ってきたが、なれてしまうことが一番怖いことだと思う。その重圧を感じることが大事なことだと思う。
さて、夜はエディットの新年会だった。お酒の席ではあるが、今の建築に感じることなり、自分の考えなど話すると、メンバーそれぞれの考えを聞けてお酒なんかなくてもいいぐらいとても充実した時間でした。

そして本当にこの仕事が好きな事がよくわかり、楽しい新年会でした。段取りをしてくれた笠井さん、祐子さんありがとうございました。エディット、ば ん ざ いーーーー

miya(宮田育典)

■2004年1月20日

夜、O邸の打ち合わせ。昨年9月末からの打ち合わせも今日で7回目です。基本設計もほぼまとまり、きょうは1/50の模型を見ながらの打ち合わせでした。建物の模型は設計担当のkitaさんの製作です。今回の敷地は東隣に4階建て、北側に2階建てのマンションがあり、西側も敷地いっぱいに住宅がせまっていることもあって、周囲の建物の模型もつくることになり、これは私が担当しました。全部あわせるとテーブルいっぱいくらいの大きさです。木や車、人も置いて全体の感じをつかんでもらいました。

窓の位置や大きさもひとめでわかります。家族みんなにも見せて意見を聞きたいということなので、持って帰ってもらうことになりました。決まればいよいよ実施設計です。

yuu(笠井祐子)

■2004年1月19日

今日は、これまで何度か書いているM邸の現場に・・・。ほぼ外部が出来上がり、その仕上がり具合のチェックである。しかしこのM邸、徹底したコストの追求から、ペンキを塗ったり、外装材を吹き付けるという仕上げが一切ない。屋根、外壁の一部、水切などは白銀色のガルバリウム鋼板、後は真っ黒な焼杉のみである。唯一違う仕上げが軒裏天井の明るいグレーのフレキシブルボード、もちろんこれも無塗装だ。ちょっと写真ではわからないが、アルミサッシまわりのコーキングが、焼杉と接する部分は黒色のものを、ガルバリウムと接する部分は銀色!のものをという具合に使い分けてある。実は今まで銀色のコーキングというものがあるとは知らなかったので驚くと共に、この細かな配慮は施工を担当するtakさんならではのものだなあと、心の中で感謝・・・。さあこれで、もうすぐ足場を外すことができる。工期はあと一月あまり・・・、足場がとれて外観を早く見たいものだが、このドキドキ感こそ設計者の醍醐味のひとつだとつくづく思う。

hon(本田圭一)

■2004年1月17日

いつものように母親に起こされ、いつものように「行って来ます」と出て行った。「忘れ物ないで? 受験票もったで?」と、焦っているのは家族の方である。受験をする当人はいたって冷静。そうです今日は長男のセンター試験の日です。出来たのか出来なかったのかは定かではないが、当人はいたって元気よく「ただいまー」と帰ってきた。やけにニコニコ顔なので「出来たのか?」と尋ねてみると、「もうこれで一生、世界史を勉強しなくてよくなった」からだそうだ。どうもそれがうれしくて仕方がないらしい。明日も試験というのに、フロに入って、TVを見て、マンガを読んですでに10時には、床についていた。こんなノー天気な長男さん果たして、大学に合格するのでしょうか?心配です。

tak(高浜 豊)

■2004年1月16日

物事が全く予定通りに進まない日がある。
今日がまさにその日で、計画中の住宅の朝から模型づくりをしようと思っていたら、いきなり来客。ついつい話し込んで、気がつけば昼近く。すると、funさんから電話で「
シーニック・アイ展の設営に来ているドイツ人に農村舞台を案内したいので、同行してほしい」との依頼が。
それじゃあということで、午後は県立近代美術館へ。ところがそのドイツ人、ランチに出かけたまま戻らない。30分ほど待ってみたが、行方定かでなく、これ以上待ってもとなり、事務所に戻る。ようやく模型づくりに取りかかるが、すぐに夕方。終わったら絶対にこの続きをと思いながら、今度は建築士会の研究会へ。
予定通り、9時に例会終了。今度は、締め切りが迫った民家調査の報告書の打ち合わせをすることに。関係者が我が家に集まり、打ち合わせが終わったのが日付が変わって0:30。
結局、予定した模型づくりはボードを切り刻んだだけで、机の上は瓦礫の山状態。奇しくも、日付の変わった今日は阪神大震災の日。切り刻んだボードを組み立てながら、建築の安全性について、改めて考えさせられることになった。

kita(喜多順三)

■2004年1月15日

今年も愛用の手帳は「ほぼ日手帳」になった。先日その手帳をながめていて面白い文章を見つけた。この手帳には毎日(頁ごと)に短い一言が載せられているのだが、そのひとつで、読者から寄せられた「自分の歳を3で割ると、それが人生の時間だ」というものである。つまり、15歳の人は15÷3=5時で、まだ人生の夜明け前だということ。したがって、36歳は真っ昼間を生きていることになり、72歳の人は真夜中である。すると、73歳以上の人は来世に行っているのか・・・。ともかく、その説によれば、48歳は午後4時ということになり、僕は今年その時間を迎えることになる。人には朝方と夜型があるのでいちがいに言えないが、午後4時というのは微妙な時間帯である。「タソガレ」ているようにも感じるし、「お楽しみはこれからだ」とも思える。ただ、僕自身は毎日午後4時ごろにはヘンに頭が冴え元気になる傾向がある。これってどういうこと?

fun(笠井義文)

■2004年1月14日

今年からやっと一級建築士の受験がうけれる。さっそく、特別研修会に参加した。来週から、本格的な授業が始まるのだが、時間との勝負になりそうだ。一日にどれだけ時間を使えるか、仕事が忙しいという言い訳だけはしたくない。いかに効率な勉強ができるか脳の中の海馬を刺激するように五感を使って知識の量を増やしたい。さて、それともうひとつ今日はエディットでシーニックアイの設営に笠井さん、祐子さん、大工の根本さんでいった。ドイツ人の人も作業をしていたのだが、英語で話ているけど解らない。英語がしゃべれればいろんな事を話してみたいと思った。これが、英語を勉強するきっかけになればいいなぁ。それと人との出会いで吉原さん。とてもパワフルで魅力的な人でこの出会いを大切にしたいです。

miya(宮田育典)

■2004年1月13日

うれしい3連休のはずだったのに、3日間ずっと仕事。おかげで休みボケにもならず、いっぱい仕事がすすみました。きょうは朝からお客さんの多い一日で、佐古に去年新しくできたIEGという家具屋さん(miyaさんの友人)にはじまり、夜はぺこちゃんまで。
ぺこちゃんにここのホームページをリニューアルしてもらってからもう2年、そろそろ見直しの時期が来ているのかも、こんなページも作りたいし、などと話が始まり・・・、気がつけば今夜も10時・・・。

yuu(笠井祐子)

■2004年1月12日

実はこの日誌は、13日に書いている。それは書けない状況だったからであり、その顛末は以下をお読みいただきたい。
今日は成人式だった。私の時は、若気の至りで小生意気に出席を拒否して出なかったのだが、むしろそのすぐ後に親父が死んだことの方が印象に残っている。まっ、それはともあれ、今日はいろいろなことがあった一日だった。午前午後と難病患者の会に出ていたのだが、その途中でfunさんからの電話。エディットで受託しているシーニック・アイ展の設営上の問題点を至急解決しなければいけなくなった。申し訳ないけれど手が放せない状況だったので、funさんが現場に走って下さることに・・・。その会が終わって、夜は難病の方の住環境改善のために、その方のお住まいに伺う。業者がどうしようもなく無理解なヤツ(!)で、寒い現場でやり合っていたら、薄着で外に出てきていたその方が急に倒れてしまいそうになった。慌てて抱きかかえたので打撲はなかったのだが、様子がおかしい。業者に指示して車(立派な外車だ)で行きつけの病院に走る。幸い、急に血圧が上がったための目眩だとのこと。寒い中で、しかも業者の言い分を聞いている内に興奮されたことが原因のようだった。待合室で待っている間、業者にコンコンと説教・・・。患者さんを家に送り届けた頃にはだいぶん神妙になっていた。あぁ、今日もいろいろなことがあったなと思いながら、帰り着いた事務所のパソコンのスイッチを入れてみると、立ち上がらない・・・!起動時の暗証番号入力までは来るのだが、暗証番号を入れても反応なし。そう言えば、昨日暗証番号を変えたとき、何か変なことをしてしまったのか・・・、夜遅くまで奮闘するも結局できず。
このような経緯で13日になってしまったのだが、朝からもう一度手順を踏んでCDから立ち上げ設定をし直してみると、あら不思議、すんなり治ってしまったではないか。どこかでかなり焦っていたのだろうか、それとも12日はよほどの厄日だったのだろうか。めげずに、頑張りま〜す。

hon(本田圭一)

■2004年1月10日

都合よく日曜日〜日曜日までの長い正月休みとなった。そのためかやっとエンジンが動き出したといった具合である。ところがまたまた連休続き、「正月明けにしましょう。」といって延ばしていた仕事が込んできた。気持ちは焦るのだが内容がついてこず。しかし、一人焦ったところで仕方なし。ま、エエか(^^;;;。今年はのんびり行きましょうかねぇ。この一年、EDITに携わる人たちが、幸せでありますように。本年もよろしく御願い申し上げます。

tak(高浜 豊)

■2004年1月9日

温かいお正月がおわり、ここ数日は寒くなってきた。
こういうときにありがたいのが床暖房。我が家の居間でも夜間はフル稼働している。普段はマレンコやらコルビュジェやらと椅子が支配していた部屋だが、椅子をスミに追いやり、床に直に座ったり寝ころんだり、部屋中がコタツ状態になる。
そうすると不思議なもので、いつもなら床面に置いた食べ物は何となく不潔に感じていたのが、今では「みかんが温かくなる」とか言いながらも、平気で食べている。
要するに椅子で生活していると床面は足に支配された穢れた場所、ところが直に床面に座ると、その穢れ感が消えてなくなる。
こういう空間感覚、すまいづくりの大きなヒントになりそう。

kita(喜多順三)

■2004年1月8日

1月17日(土)〜3月21日(日)まで、徳島県立近代美術館で「シーニック・アイ 美術と劇場」という展覧会がある。その設営のお手伝いをさせてもらうことになり、今日現場での打合せに行ってきた。出向いたのは、私とhonさんと都市電設の原さんである。会場にはすでに展示作品が搬入されていて、梱包されたまま並べられていた(写真)。これらの黄色い木箱群は、それ自体が美しい美術品のようでもあった。11日にはドイツからスタッフが来て梱包を解き、一緒に設営作業にはいる。

我々の仕事は主に電気配線とイベントの演出である(イベントといえば、数年前にさせてもらった「コスース展」での、kitaさんとの阿波踊りセッションが思い出されるが・・・)。今回の展覧会では、19人の現代美術家によるインスタレーション、オブジェ、ドローイング、写真などが21点展示され、会期中、関連の解説や講座、イベントも数回行われる。是非多くの方にご覧いただきたいと思う。なお、この展覧会は世界中で注目されていて、この後はソウル、北京といった主要都市を巡回する予定である。日本の首都が徳島になる日も近いだろう。

fun(笠井義文)

■2004年1月7日

あけましておめでとうございます。
今年からエディトに参加した宮田です。日誌というより日記になりそうで不安なのですが、よろしくお願いします。
今年はまた最初から気持ちがずいぶんと盛り上がって充実した一週間がすぎました。去年一年を振り返ると、とてもいい出会い「人」に恵まれた年でした。
今年はその出会いを建築に活かして生きたい。また、施主さんとの出会いが楽しみで毎年どんどん親戚が増えていくようでこれもまたこの職業のやりがいのあるところだ。
さあ、今年もがんばろう。

miya(宮田育典)

■2004年1月6日

あけましておめでとうございます。
今年のお正月はいつもと同じで1日と2日は親戚が来たり、行ったり。3日と4日は人形浄瑠璃で阿波おどり会館とアスティ徳島へ。のんびりとしたお正月ではありました。で気がついたのだけれど〆飾りをつけた車、少なくなりましたね〜。何だか恥ずかしいような気がして、そうそうにはずしてしまいました。
今年のmyテーマは『捨てる』。とにかく今まで捨てきれなかったモノをどんどん捨てて身軽になろう、すっきりしようというのが目標です。

去年の年末に大掃除をしてかなり捨てたけれど、まだまだ。いつか使うかもしれないと思って取っておいたものが次々と出てきます。目に見えるところも、見えないところも(パソコンの中とか)整理して、ついでに自分の頭の中も整理したい気分。とにかく今年は捜し物をしている時間を減らそう!ということなのです。年末に読んだ辰巳渚さんの「捨てる!技術」(宝島社新書)がけっこう役にたってるみたい。

yuu(笠井祐子)

■2004年1月5日

あけましておめでとうございます。
さて、今日は2004年のエディット仕事始め(本業の方は元旦から仕事をしているので・・・)。これからエディットで計画をさせてもらう住宅の敷地調査に、funさんと新しい仲間miyaさんとの3人で臨んだ。敷地は大きいが建て替えなので住宅はコンパクトかつローコストなものになりそう。シンプルだが家族4人が良い関係を築ける住まいにしなければならない。

住まいでも他の建築でも、それを使う人たち、造る職人さんたち、そして設計した人間が、その出来上がりをともに喜び合えることが、この職業に関われることの醍醐味というものだ。その意味で責任も重いが、無事やり遂げたときの達成感も大きい。期待に応えられるように頑張ろうと、気持ちを新たにした一日だった。新年早々、新たな仕事に取り掛かることができるのはほんとうに幸せなことだと改めて思う。「こいつは春から縁起がいいわい〜!」

hon(本田圭一)

■2004年1月1日

明けましておめでとうございます。
みなさんは2004年のお正月をどのように迎えられたでしょうか。
エディットは、開設してから5年を経て6年目に入りました。これまでの皆様からのご支援に感謝するとともに、これからもデザインや設計を通じて多くの方のお役に立てるようメンバー一同精進していきます。今後ともご愛顧、ご指導を賜りますようお願い申し上げます。

さてさて、新年早々嬉しいご報告をさせてください。この度、宮田育典君(プロフィールはこちら)がエディットの6人目のメンバーとして新しく参加してくれることになりました。若く元気で前向きな才能溢れる好青年です。彼とともに今後さらに「ものづくり集団」としての輪をパワフルに充実させ、拡げていきたいと考えています。これからもエディットデザインワークスをどうぞよろしくお願い致します。

fun(笠井義文)

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