■2004年4月30日

「シロアリが出ました」そんな連絡を受ける。この住宅、我が社の作品ではないのであるが、何かとメンテナンスをさせて頂いている。土間スラブの上に直接床を仕上げた2×4住宅。どうしてそんな構造かというと、そのコンクリートスラブの下に温水管を配置した、全室床暖房住宅。だから床下空間がない。だから、いつものように床下に潜って薬剤散布というわけにはいかない。かつて、10年前、築後すぐにシロアリが出たときも相談を受け、消毒屋さんから消毒液を調達し、自分で散布(当時私も若かったためこんな無茶もやっていた。(^^;;;))している最中に気分が悪くなり、ひっくり返ったのを思い出す。以後工事は、専門消毒屋さんに御願いしたわけであるが、連絡を取ってみると、10年(保証期間)が過ぎたので今回も有料になるという。薬剤に頼った駆除だと、薬剤効果が切れる10年後にはまたシロアリが湧く可能性がある。ということで、自然素材を使った根本的解決方法をただ今思案中です。

tak(高浜 豊)

■2004年4月29日

高知市内に最近オープンした「坂本龍馬の生まれた街記念館」を見に行った。木造2階建て、外壁には土佐漆喰や銅板が使われたなかなか立派な建物である。建設費の一部をまかなうため、全国の龍馬ファンから基金を募ったようで、屋根の瓦には出資者の名前が書かれている。もっとも、瓦に書かれた名前が見えるわけではなく、館内の記録写真で確認したことだが。
龍馬という150年ほど前に活躍した人物の衰えることない人気と凄さと、人々の思いが街に新しい風景をつくりだしたことに感心させられた。感心したといえばもう一つ、設計者が地元建築士の共同企業体であったこと。

規模の大きな公共建築はどうしても人員・実績の豊富な県外大手に発注されることが多いが、地元の龍馬を愛する人達の手に設計が委ねられている。しかも共同企業体に。
これもまた、龍馬の志に通じているのだろう。

kita(喜多順三)

■2004年4月28日

28日、29日と高知に行ってきた。主な目的は、夜須町の海浜公園見学である。現地を見、役場の担当の方にお話をうかがった。公園ができた経緯や経過などを聞いて、この種の公園としてはかなりの成功事例であろうと思われた。ただここは、立地や時期、それに人材に恵まれたことも確か。われわれが今つくろうとしている月見ヶ丘海浜公園の場合はどうか。難しい条件や問題が山積されているだけに、これからが勝負である。
高知で感じたことをもうひとつ。快晴に恵まれたこともあってだろうが、高知市内の各地を久々に訪れ、街や人がとても元気なように思われた。徳島も潜在的な「元気の素」をもっともっと目に見える形にしていかなければ・・・。

fun(笠井義文)

■2004年4月27日

今週から、あたらしい職人さんがひとり現場に加わってくれた。もともと自分が見習いの時によく応援にいっていた工務店の責任者をしていた人で、尊敬している大工さんのひとりだ。もともと入母屋などをしていたけれど、不況などからメーカーなどの仕事をしていたらしいが、お金のことばかりで、あたまからこれなんぼと言う具合に追加や変更他の人がした手直しまでサービスらしい。いまの政治家も国民年金をはらっていない人がいるぐらいで、世の中なんでもありになっている。大工でも毎日、汗を流してしているのだから、少しでもいい仕事をしたいとみんな思っている。考えればそんな人たちが集まってきている。あんな人と仕事がしたいと思っていた人たちがきがつくと、周りにいる。そんな職人さんたちを生かせれるようにすることが今の自分の役目はわかっているが、このいい環境ですこしでもみんなの技術を盗みたい。

miya(宮田育典)

■2004年4月26日

以前設計したお宅の一部をお店にすることになった。ロゴと看板のデザインも頼まれているので、外へ出るたびに左右をキョロキョロ。どんなのがいいか相談するために、デジカメで写真をとろうと思うのだけれど、探すとちょうどいい看板って少ないものですねぇ。

エディットのきんこギャラリーはただいま出張中。ひらたるんちゃんの絵がお留守番しています。見に来てね!

yuu(笠井祐子)

■2004年4月25日

捨てる神あれば拾う神あり。ジプシーセミナーもようやく安住の地(かどうかはわからないが)を得て、無事今日開催することができた。その会場は「きたじま田岡病院」の研修ルーム。昨年新設された新しい病院だ。出来上がったときに見学させていただいたことがあり、その時に、地域の様々な催し物に使っていただけるように交流施設をつくりましたと聞いたことを思い出し、さっそくお願いに行った次第。その結果、快く会場を提供してくださることになり、おまけに5月のセミナーも無償でこの部屋を貸していただけることになった。最近、病院は国から示された8つのタイプのどれかに特化していく過程にあり、この病院では特定疾患(難病)患者の長期治療と、リハビリを中心とした療養病床群の複合施設となっている。(ちなみに小松島の日赤病院では建て替えが完成すると、急性期治療に特化するとのことだ。)ゆえに、患者さんを適切なプロセスを経て自宅に帰すことを主な職務としていて、当然のことながら、周辺地域との様々な面での連携が必要になる。必要なときに連携を求めても、普段から地域の中に浸透していないと実際には不可能・・・、そんなことから企画された施設だとは思うが、こちらとしても非常にありがたい。日曜日でも開いている食堂も隣にあり、セミナー会場としては理想的。受講者からも、幸いに内容も含めて、このきれいな会場を気に入っていただけたようで、苦労して探し回った甲斐があったというものだ。つくづく人は周りの人や社会によって活(生)かされているんだと思わずにはおれない。感謝感謝!

hon(本田圭一)

■2004年4月23日

1年ほど前から目がかゆくなり始めた。花粉症が始まったと思っていた。ところが、花粉症だと季節が関係するのであろうが、年がら年中かゆい。しかも夜に限って、入浴後就寝までの間にかゆみが来る。外泊するときにはいつも目薬を持ち歩いていたの だが、外泊すると不思議とかゆくない。おかしい、どうも花粉症では 無いみたいだと最近思い出してきた。木の臭いに震えがきたり、雨に打たれて、体じゅうに湿疹ができたことがある。元々アレルギー体質系の私の体は、何に反応するか解らない。みんながみんな同じ体質ではないのである。「天然素材を使った健康住宅」なんてキャッチフレーズに飛びつくと、とんでもないことになるかもね。どうも私の目は、石鹸に反応しているみたいである。

tak(高浜 豊)

■2004年4月22日

昨日,今日と名古屋へ行ってきた。
先ずは改装工事の施工業者と顔合わせ、契約や工程、監理の進め方などを確認。物件探しの手伝いを始めてから約半年、いよいよ工事スタートである。その後、税理士事務所と採用予定のスタッフの面接に付き合い、家具屋さんへ。椅子や寝椅子(精神分析に使うらしい)等の確認をした。次いで、開院の支援をしてくれている薬屋さんと会った。レセプト用のコンピューターや什器備品のレイアウト、診察券等の印刷物手配などの打ち合わせを行い、初日は終了。
初対面の人も多く、タイトなスケジュールでヘトヘトになったが、6月開院に向けプロジェクトが大きく動き出したことを実感。

kita(喜多順三)

■2004年4月21日

世の中にはまったく同じ事を考えている人がいるものだ。
まえまえから「ひょっとするとこんなことを考えている人もいるかもしれない」と思っていたことがあった。以下は、毎日使っている「ほぼ日手帳」に載っていた話。
あまりにバカなことが頭に浮かんだときには、「あ、今もし誰かに自分の考えを「読まれ」てたらすごく恥ずかしいかも。冗談だよ、冗談」と必死にその超能力者に頭の中でフォローしてました。<「ガキの頃は、バカだったなぁ」より>
写真は、miya君の凛々しい姿。日誌の内容とはまったく関係ありません、念のため。

fun(笠井義文)

■2004年4月20日

日曜日、久しぶりにソフトテニスの大会に出場した。来月の8、9日に愛媛県である四国大会の予選だった。県下で8チーム出場枠があってなんとか権利は獲得したが、現役の時の内容には程遠いものだった。ここ2,3年はまともに練習ができていなかったけれど、自分の本当になにがしたいか考えたときに、仕事はもちろんだけど、趣味ではテニス、スキーを楽しみでするのではなく、競技者として全国でどこまでいけるか挑戦したいと思うようになった。ということで、まず心技体の体から作っていかないといけないけど、ベスト体重に戻すには約10キロ近くおとさなくてはいけないし、体脂肪では18以内だ。とりあえず5キロのランニングから始めたのだが、前のように汗がでない。水を毎日2キロ飲むといいと妻が聞いたというので飲もうとしてもビールと違ってそんなに飲めるものでもない。筋トレの成果がでるのは3ヶ月後ぐらいから。体は正直にでるから自分をどれだけいじめれるか挑戦だ。

miya(宮田育典)

■2004年4月19日

この日曜日は写真講座で三好町のしだれもみじと三段とべへ新緑を撮りに行った。これが舗装はされているもののガードレールもない、もちろん対向などできる訳のないくねくね道、途中からは山登り・・・と、ふつうには絶対に行けないような場所で、廃校になっている小学校でお弁当を食べたりして休日を満喫。夕方からはアンディゴさんの新しいショールームのオープニングイベントがあり、藤井先生のお話『パンドラの箱』を聞かせていただきました。箱から最後に出てくるのが希望で、「あなたのそばに希望という名の友人はいますか」という先生のことばでお話は終わります。きょうは見事な虹も見えたし、夕焼けもきれいだったし。今週のキーワードは希望?

アンディゴさんでは、4/29(木)〜5/9(日)『きんこ・イラストとことば展』をはじめ、これからいろいろな企画が用意されているようです。建物もとてもすてきなので、ぜひどうぞ。

yuu(笠井祐子)

■2004年4月18日

お金のないNPO活動は苦労の連続だ。今日、福祉住環境コーディネーター3級の検定対策セミナーを、川内のTOTOショールームの会議室で開催したのだが、元々は徳島市のふれあい健康館に予約をしていたもの。このセミナーは、全国でも福祉住環境コーディネーターの数が他県と比べて少ない徳島県で、コーディネーターの数を少しでも増やし、本当に当事者のためになる住環境の整備を進めていきたいという思いから、手作りのサブノートを用意して、自分たち自らが講師役も担い、ふれあい健康館のような安い場所を確保することで、格安の受講料を実現している。ところが、会議室のお金を事前に支払いに行くと、規定料金の5倍の額を支払って欲しいとのこと。受講料を取るのであれば営利目的になるからだという。いくら、普通の民間の催し物とは違うのだと言っても、ダメだの一点張り。そんな料金を取られたら、安い受講料ではとてもできない。お隣の高知がTOTOの会議室を会場に使う話を聞いて、さっそく徳島のTOTOにお願いしてみると、すんなりOKの返事。(受講者への場所変更の通知など大変だったが、)今日は会場でのコーヒーのサービスまでしていただき、本当に有り難かった。受講者の評判も良く、残る一日(来週の日曜日)も楽しみですとのコメントもいただけた。笑顔を見ることができただけで苦労も吹っ飛ぶというものだ。が、片付けをしている最中、来週の日曜のことは聞いていませんとの担当者の言葉・・・、ガーンッ!少し意志疎通が足らなかったようだ。TOTOさんにはこれ以上無理も言えないので、また大至急会場探しをしなければならない。(ジプシーセミナーか?)やはり、苦労の連続だ。間違いないっ!

hon(本田圭一)

■2004年4月16日

愛車のタイヤが片チビリをし始めた。アライメントの調整を依頼したが時間が掛かるとのことで、とりあえずタイヤのローテーションでごまかすことにする。ところがこれを境に高速走行ブレーキング時にハンドルが持っておれないぐらいに振動をし始めた。ブルブルと、ものすごい振動はタイヤが外れてしまいそうな勢いである。愛車は最近、不祥事が連続しているM秘死自動車のPA0である。タイヤが外れて飛ぶくらい不思議ではない。走行距離18万キロ、家内は「もうそろそろ替えたら。」と気安く言ってくれるけど、そんな銭、何処にあるんかい?┐('〜`;)┌ 30万キロまではガンバってもらわないと、家計がもちませぇ〜〜ん。

tak(高浜 豊)

■2004年4月15日

名古屋の仕事をしている。精神科医をしている旧友が開業することになり、ビルのワンフロアをメンタルクリニックに改装する仕事である。
計画段階の打ち合わせは、図面をPDFファイルにして、メールや電話でのやりとりを中心に、たまに双方が行き来し無事済ますことができた。実施設計も完了し、見積依頼。お互いの知人を頼りに工務店を探し、図面を送付。ファックスによる質疑のやりとりの末、見積があがってきた。思えば便利な世の中になったものだ。しかも、まだ一度もあったことのない人と、予算調整の話を電話でしている。
しかし、最後は信頼関係が大切。となれば、やはり会って話すのが一番。というわけで、来週早々には名古屋へ行くダガネ。

kita(喜多順三)

■2004年4月14日

近く「特定非営利活動法人コモンズ」が設立される。このNPO法人は、代表理事がkitaさん、私は理事兼事務局、honさんもメンバーで、4月13日に県からの認証をうけ、登記後正式な活動にはいる。公共施設などをより良くするため、行政と専門家と一般の人々との間をつなぐ仕事をする組織。このNPOを一言でいうとこうである。設立メンバーには建築、土木、都市計画の専門家のほか、大学の先生なども名を連ねている。
エディットの仕事はデザインや建築の設計が主だが、これらの仕事も大きな意味で、社会と係わりを常に持ちながら行われているものである。自分も含め、特に日本人は「公共」についての認識はまだまだ低いように思う。しかし公共と民間、社会と個人とは常に一体のものとして考えられなければならない。「みんなにとってより良い公共とは何か」ということを考え活動する組織。このNPO法人は、今後大きな役割を担っていくだろうと思う。

fun(笠井義文)

■2004年4月13日

最近、暑かったり寒かったり温度差が激しくて何年ぶりか風邪をひきかけている。のどが痛いし体がだるい、なにより自分の体調の目安はやる気がなくなる。やる気とは本当に勝手なものだ。自分からだそうと思ってもでるものでないし、また逆にでるときは興奮して時間を忘れるぐらいに集中させてくれる。ずっとは続かなくても大事な時にやる気をコントロールできるように自分自身をもっと知らないといけないと思う。いろんなメンバーと仕事やスポーツの競技をしているが、みんなをまとめても自分自身はいまいち解っていないのかも、何度でも自分を壊して挑戦できるやる気がほしい。

miya(宮田育典)

■2004年4月12日

4月からふたたびペアーレの写真講座に通うことにしました。おととし1年間通ったものの、講座をやめたらほとんど写真をとらなくなったのと中途半端な知識のままであまり身についていないので、もう少し教えてもらおうと思って。他の人の写真を見るのはとても勉強になるし、みんなで写真をとりに行くのも楽しいし。講座が月曜日なのでここしばらくはこの日誌にも写真の話が多くなるかも・・・。ちなみに夜桜の撮影はほとんど失敗に終わりました〜。

yuu(笠井祐子)

■2004年4月11日

10数年ぶりの大学の同窓会が大阪であり、出かけていった。窮屈な高速バス(週末の便は結構混んでいる)に揺られて、痛くなった腰をさすりながら梅田に着いたのだが、集合時間までまだ1時間半ほどあったので、近くのジュンク堂書店に初めて入ってみた。思えば最近、経済状況から小遣いが少ないため、あまり本屋さんに行かないようにしているのだが、相変わらずたくさんの種類の新刊書が店頭を賑わしている。幾つかの本を手にとって見ているうちに、消費税にかかわる総額表示は一体どうなっているんだろうと見てみると、岩波文庫の中でも古い本には当時の定価だけが、ちょっと古い本には3%の消費税を含んだ内税表示が、最近の本では定価+外税表示が印刷されている。これでは支払の時にややこしいなと思ってよく見ると、栞のように本に挟んであってタイトルとか著者名が書いてある短冊状のもの、以前これをボーズ(本の上に半円状の坊主頭のような形に飛び出しているからか)と呼んでいると聞いたことがあるが、この飛び出している部分に「定価○○円(税5%)」と印刷してあるではないか。なるほどこれだったら、古い本でも新しい本でも一見して支払額がわかる。これまでは、ボーズの飛び出し部分には何も印刷してなかったと記憶しているので、うまい工夫だなと感心した次第。ケータイのカメラで撮影しようと思ったが、店員のお兄さんにジロッと睨まれたので画像は添付できなかった。ちなみに、他の本屋さんにはまだ入っていないので、この工夫がジュンク堂だけなのか、もっと一般的に決まっている方法なのか現時点では私はわからないのだが・・・。ところで、同窓会は皆一様におっさんになった姿で、心だけは大学時代に戻って、楽しい時間を過ごしたのは言うまでもない。

hon(本田圭一)

■2004年4月9日

ピンポーン。玄関のチャイムが鳴った。出てみると一人の見知らぬ男性が立っていた。「私、浩志クンと高校時代の同級生の.....。徳島に帰って来るのは二十数年ぶりでして.....。」  へぇー、弟の同級生なんだ。思い出話を数分聞かされ、弟の居場所を聞くのでもなく、ではよろしくお伝え下さいと、丁寧に頭を下げ帰って行った。帰宅途中に立ち寄ってくれたらしく、手には大きな旅行鞄。二十数年ぶり? ヒョッとしてリストラで帰宅。?? などと思いながら、弟に電話をする。「高校の同級生の○○クンが、尋ねてきてくれたよ。」「うぅ〜〜?? あぁ〜、ほんなヤツおったなぁ。」どうもあまり親しく無かったようである。4月という月はいろんな始まりと、終わりがある。彼も徳島で再就職なのかな。? 間違っていたらごめんなさい。

tak(高浜 豊)

■2004年4月8日

今日は長女の高校の入学式があった。念願の志望校に行けることになり、新しい制服、何とジャケットにチェックのスカート、ボタンダウンのシャツにネクタイ、足元は黒のローファーと私たちの時代では想像もつかなかった格好、妻も普段は着ることのないスーツに身を包み、それでは記念にと出がけに写真を1枚。
せっかくだからお披露目。ツーショットはお見せできないので、なりたての女子高生を。miya君、あなたもあっという間ですよ。

 

kita(喜多順三)

■2004年4月7日

土曜日、相生町に行ってきた。いま住宅を設計させてもらっているOさんに、杉の大径木を見てもらうためである。同行メンバーはOさんご夫妻とお子さん3人、miya君、yuuさんと私、そして現地でご案内いただいたOさんご夫妻である。原木市場をはじめ、葉枯らし状態(伐採の後葉をつけたまま山で乾燥させる方法)の丸太や空中運搬(山からワイヤーに吊されて丸太が加工場まで下ろされてくる)、玉切り(長い丸太を定寸に切る作業)、植林の様子なども見学することができた。

天気は快晴。道中の桜も満開で、思わぬ花見も満喫できた。それと、研修で十数年前にお会いした「山で働く」懐かしい方との再会もあり、とても楽しい一日となった。
山で働くといえば、翌日曜日に池田町を舞台にした
「村の写真集」の先行ロードショーに行ってきた。この映画には地元の人達もたくさん出演されている。ストーリーは村の写真館の親子を中心に追っているが、ほんとの主役は「山で働く」人達だろうと思う。徳島の山で働き、徳島の山を守ってくれている人々を再認識する二日間であった。

fun(笠井義文)

■2004年4月6日

最近、我が家の姫も悪くなって手がつけられない。寝るのは毎日、12時は過ぎるは仕事で使っているパソコンは人の真似してなんでも押してくれるし、勉強しようとすれば、テキストにお絵かきがはじまる。そう、間違いなくいま僕の最大のライバルである。夜が姫は遅いので朝早く起きて仕事をしたり、遊びに夢中になっている時に自分の部屋に逃げ込んだり、まぁ、そのうち親父はだんだん相手にしてくれないんだろうなと思いつつこのかけひきもすこしは楽しんでいる。

村の写真集の前売りも買ったのだが、チャンスはいつ訪れるだろうか、そのうち気がつけばうちのも大学生なんて振り返るときが来るんだろうな。いましかできない時間を大切に楽しもう。

miya(宮田育典)

■2004年4月5日

きょうは2件の打ち合わせ。ひとつは息子さんの野球の練習場が欲しいというところから始まった増築計画で、どうせやるならと夢がふくらみ、居間とは別に家族が趣味に使ったり、友人を呼んだりできる部屋もつくることになったT邸。もうひとつは昨年11月に完成し、引っ越しされたE邸。この3月で退職され、息子さんの結婚式が終わればいよいよ念願の喫茶ルームをつくられる予定でその打ち合わせです。どちらも趣味のための部屋ということで、そこに親しい友人を呼んだりして楽しむための部屋で、この前完成したM邸にもそういう部屋があり、うさぎ小屋だとかなんとか言われていた日本の住宅にもそういう余裕のスペースというか、家で生活や趣味を楽しむことがごくあたりまえになってきたんだなぁ、なんて改めて気がついた一日でした。

yuu(笠井祐子)

■2004年4月4日

この週末はほとんど仕事にならず、キリキリ舞い・・・。先週、母親が突如記憶が無くなったり、おかしな行動をする場面があり、原因究明のために病院での検査に付き添ったり、コミュニケーションをとって状態を把握したりすることに忙殺されたためである。CTやMRIなどで検査した結果、幸いにも一過性の脳虚血性症候群だったらしく、今週に入って徐々に状態が戻り始め、現在はほぼ元の状態で落ち着いている。10数年前に軽い脳梗塞になって以来、日頃の状態には注意してきたので、今回は先手を打てたような気がしている。しかし、今回の症状は脳梗塞の前駆現象でもあるので油断はできない。まぁ考えてみれば、私が50歳になっているのだから母親の介護が身近なものになっても不思議はないが、できればいつまでもあまり手が掛からないよう元気でいてくれるに越したことはない。そんな心理状況だったものだから、takさんとは違い家族に話す前には気が付いたが、kitaさんの緻密な嘘には簡単に騙されてしまった。気分転換のひとときにはなったが・・・。

hon(本田圭一)

■2004年4月2日

3日間家を空けていた。長男の引っ越しに家族で出かけた。4月は何かと新しい事が始まる。長男も1人暮らしが始まった。ちゃんと起きられるかな? 朝飯食べたかな? 学校にはなじめるだろうか?  ....ect、と親の心配はつきないが、本人は羽が伸ばせて生々している事でしょう。別れ際、涙を流す家内がいた。早く子離れしなくっちゃネ。っと帰って早速たまっていた日誌を見ることに、えェ〜〜kitaさんイタリア留学ってか (;゜〇゜)と最後まで記事を読まず、奥さんどなんするんじゃろ、娘さんたちは....??? 居間にいたに家内に慌てて報告しに行く。ひといきその話題で盛り上がった。「今日の昼、電話くれたんじゃけど、そんなこと一言も行って無かったけどなぁ」と家内をP・Cの前に呼び、「これ、これ」と再び読みに直すと。ぎゃはハハ。あ〜〜〜ぁ ビックリした。!!!!

tak(高浜 豊)

■2004年4月1日

私事で恐縮ですが、今年9月からイタリアへ留学することになりました。かねてから興味のあったイタリアの都市再生を学びに、2年間フィレンツェに行きます。
家族を残していくことと、これから5が月間でイタリア語がマスターできるのかどうかなど、不安を数えるときりがないのですが、この機会を逃すと次がないと思い決断しました。あちらでは、大学に通う傍らイタリアの都市、建築行脚をする予定です。妻も本場イタリアの料理を研究するため、半年後に合流することになりそうです。

なぁーんて、久しぶりのエープリルフールを楽しんでみました。

kita(喜多順三)

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