■2003年2月28日

建築家の宮脇檀さんが来県されたのは7年前である。徳島県木造住宅推進協議会主催の「木造建築スクール」の講師としてお招きした。当時その世話係をしていた関係で、空港にお迎えにあがり、半日間「鞄持ち」をさせていただいた。宮脇さんはずっーと憧れの人だった。直接教えを受けたことはないが、学生時代から、本や雑誌の記事から多大なる影響を受け、住宅とは何か、を学ばせていただいた方である。卒論を書くため日本建築学会の図書館に通ったときも、卒論に関係なく、ほとんど毎日宮脇さんの雑誌のバックナンバーを読みあさっていた。講演の日、タクシーの中でそんなお話もさせていただいた。そして、「吉村先生の亡き後は、先生がお継ぎになるんですか?」とか「今売り出し中の安藤先生のことなんですけど」とか、ミーハーな質問する僕に、こころよく<ウラ話>をお話しくださった。それから、「サインしてください、家宝にしますから」と、前日買ってきた先生のご著書「宮脇檀の住宅」を差し出すと、「こんな高い本を買ってくれてどうもありがとう」と言ってくださった。

世の中には直接お会いしてみると・・・という方も少なくないが、宮脇さんはそうではなかった。嬉しかった。その宮脇さんが昨晩とつぜん夢の中に現れた。そのときの宮脇さんは、食通の宮脇さんに何か徳島の美味いモンを食べさせなければ、とあせっている僕をシリメに、なぜか一所懸命若い女性を口説いていた。しかしこれもまた先生の魅力のひとつだったのだ。

fun(笠井義文)

■2003年2月27日

またまた月末がやってきた。それでなくても忙しくて3月末の仕事がたまってきて、今から間に合わないかも〜という状態なのに。エディット広場の編集作業やこのHPの更新(主にアラカルト)が月末に集中するし、住宅設計講座の模型の型紙は作らなければならないし.....。こういう時は人に頼もうと、広場の編集は以前にも手伝ってもらっていたるんちゃんにお願いし、講座の図面&型紙づくりはJWCAD勉強中のぺこちゃんにお任せしてしまった。おかげで気分的にもずいぶん楽になりました。感謝感謝!
次回のサロン・ド・エディットはその
ぺこちゃんこと中尾さんのHP講座です。ここのHPも企画段階から参加してもらって実際に作る作業は全部やってもらいました。みんなでいろいろ意見を出し合いながら作っていったので、納得のいくものができたように思います。なんか住宅の設計作業にも似ているかも。まるっきり人に任せるのではなくて、何かできるのかわからないけどこういうことをしたいということを話しながら作っていったものだから、途中経過もよくわかっているし、できたものに対しても愛情がもてるという...。まるでプロジェクト・ボンみたい。そんな話が聞けるかも。3月1日午後7時から2時間程度です。興味のかる方はぜひどうぞ。

yuu(笠井祐子)

■2003年2月26日

昨晩、エディットでMさんの住まいについて、takさん、funさんと打ち合わせを行った。その時に左官材のことが話題に上ったのだが、そう言えば、最近、あまり左官材を使った設計をしていないことに気付く。大学を出て大阪の設計事務所に勤めている頃は、外壁にしても、内部にしても、結構左官屋さんのお世話になることが多かった。もともと、素朴な土の匂いというか、農家などの荒壁剥き出しの仕上げが心情的には大好きなのであるが、その頃からひび割れというクレームが怖くて、できれば色モルタルかき落とし(あの当時は安い仕上げだったのだ)は避けたいなというのが本音だった。それが、徳島に来てから、民家調査などで土壁や漆喰壁を見ることが多くなり、いつかは・・・と思っていたが、現在施工中の改造工事でかなりお金をかけた和室を造ることになったものだから、ここは一発とジュラク壁を塗ることにした。工事はまだ完成していないので結果はわからないが、ちょっとどきどきしている。今日は、Mさんの住まいも部分的にせよ左官材で仕上げができないかなと思い、少し材料を調べ始めた。質感があって、安くて、みんなで塗れるような左官材料・・・ないですかね?

hon(本田圭一)

■2003年2月25日

数週間前から楽しみにしていた某釣具店の釣大会。1匹長寸を競う。なんと優勝は10数万円の竿と賞金10万円。2月23日の開催予定であった。ところが訳あって参加できず。(ToT) 今日一緒に参加する予定であったGくんに、「どうやった」と電話を入れる。ところが、「天候が悪く、延期になりましたよ」とのこと。ラッキー、「ほんで、いつ? o(^o^)o ワクワク」「次の日曜日です」あっちゃー、その日も結局行けません。(T^T) あぁ〜、じゅ10万円ぐわぁ〜。

tak(高浜 豊)

■2003年2月24日

「アドプトによるサステイナブルなコミュニティづくりのための試案」これが去年から取り組んでいる東祖谷民家調査の報告書で私が担当している部分のタイトルである。カタカナだらけで訳が分からないが、言いたいのは「持続可能な村づくりのための新たな関係づくり」である。高齢化、過疎化が進む東祖谷で、集落の景観や環境を維持するためには、従来の地域社会による環境整備や環境保全では早晩限界を迎え(荒廃しているところも少なからずある)新たな担い手が必要となり、新たな村人や村の環境保全に関わる人たちを迎えるための関係づくりが必要ということだ。だったら素直にそういうタイトルにすれば良さそうだが、概念整理が十分に出来ていないためか、カタカナ言葉で誤魔化そうとしているのかもしれない。とはいえ、自分ではかなり面白いテーマになりそうな予感がしていて、少し腰を据えて考えてみたいと思っている。
それにしてもカタカナ言葉は悩ましいもので、いつだかの新聞にも出ていたが、カタカナ言葉の氾濫を何とかしようと、いろんなカタカナ言葉を日本語化(?)していた。しかし、最近何かと出番が多くなっている「ワークショップ」やその議論の対象となる「コミュニティ」や「デザイン」等を漢字とひらがなで表現しようとしても「集団による検討の場」「地域空間であり地域社会でもあるところ」「意匠」ではなんだかしっくりこない。
言葉って本当に難しい。

kita(喜多順三)

■2003年2月21日

いま三つのワークショップに参加している。ワークショップはそもそも演劇の世界からでてきたものらしいが、最近では「公共施設を住民参加でつくる手法のひとつ」として使われることが多い。公共施設を行政側が一方的につくるのではなく、さまざまな人(住民などを中心とした老若男女)が、計画のはじめの段階から参加していくという仕組みである。僕がいま関わっているのもそういった種類のもので、ひとつは、空港ちかくの公園整備のためのワークショップ。ふたつめは、徳島駅周辺整備のためのもの。

そしてもうひとつは、新町川河畔の公園整備のためのワークショップである。それぞれ、嘱託研究員として、ファシリテーターとして、住民としてという違う立場での参加である。ワークショップを成功させるポイントのひとつは、いろんな立場の人がお互いの意見を尊重し合う、ということ。だから、これらのワークショップに違う立場で参加できるのはとてもいい経験になる。僕がワークショップに参加するときのテーマは、「参加のデザインとはどういうものか」と、「そこでの専門家はどういう役割を担うのか」である。したがって関心対象は公共施設計画に限らない。というより、僕の中ではつねに「住宅の設計」が意識されている。つまり僕にとってワークショップとは、住まいづくりのための、極めて重要なキーワードなのである。

写真は、この話題とはぜんぜん関係のないモノ。写真家の幸田先生の講座で提出した自作品?です。タイトルは「アイスクリーム」(ほとんど意味不明...)。来週から川内のペアーレで展示されるのデス。

fun(笠井義文)

■2003年2月20日

最近、図面を描いているとスケールの細かい目盛りが読みにくかったり、夜くるまの運転をするのに見えにくかったりしていたので、とうとうメガネを新しくすることにしました。るんちゃんに紹介してもらった日本に一人しかいないという検眼の名人マイスターオプティックのいるお店で1時間以上かけて相談して作ったのがこのふたつのメガネ。外用と室内仕事用(はやい話が遠近両用です。あ〜ぁ)まだ慣れなくて変な感じですが、フレームはぴったりあわせてくれてあって全然ずれたりしないし、いい感じ。これで仕事もはかどるといいんだけど...?

yuu(笠井祐子)

■2003年2月19日

この日曜日に朝日放送で放映した「ビフォー・アフター」には、心底あきれ、腹が立った。ご覧になった方もあると思うが・・・。ご主人を早くになくしたが家業の豆腐屋さんを続けて子供を大きくし、今は家業を辞めて、夫との思い出の残る店の一角で寂しく暮らす奥さんと言うか、浪速のおばちゃんの家の改造物語だ。登場した建築家の、ご主人への想いの勝手な解釈と、強引な手法によって造られた思い切りモダンな空間。吹抜とトップライトは良いとしても、2階の渡り廊下は何と透明の強化ガラス製で、普通のおばちゃんに渡れるわけないじゃないか!おまけに蹲いを室内に持ってくるなんて常識はずれもいいとこ。ご主人との生活の思い出の残る家具など置くところもない・・・。番組構成の中でも、あのおばちゃんはとまどうばかりだった。唯一喜んだのが、その建築家の描いた昔のお店の絵だけなんて、恥ずかしいと思わなかったのだろうか?こうなると、もう暴力に近い。この劇的な環境の変化に、あのおばちゃんはついていけるのだろうか。私にはとてもそうは思われない。そもそも「ビフォー・アフター」は(中には頷けるケースもあるが)このような強引さが目立つ。あのおばちゃんが3ヶ月後、半年後、どのように生活されているのか、ほんとうに知りたいと思う。痴呆症状が出たり、鬱病になっておられなければ良いのだけれど・・・。

hon(本田圭一)

■2003年2月18日

今まで信じていたことが、ある日突然否定される。世の中の常識は、あっさりと非常識に変わったりする。体を鍛えるために、ウサギ跳びをし続け、正座が出来なくなった友達。体力がつくからと、生ニンニクを食べ続け胃に穴があいた私のおじいちゃん・・・・etc 建築業界においてもそんなことはたくさんある。これをしなけりゃ「手抜き」ですが、これでは「だめ」ですね。になったりする。たとえば砒素のたっぷり含んだ、防蟻処理。今日は、そんな話しを、久しぶりに遊びにこられた、某建築会社の専務さんと、話をしていた。そんな中興味深い話しを聞いた。世間で言われている健康塗料の(A)、実はとても毒性が強く、発売元の国では、ドクロマークが付けられて売られているという。我が家の改装の際も使用したのだが、母親が「臭くて寝れない。」と言っていたことを思い出す。本当に何が真実なのか解らなくなる。ひょっとして真実などないのかもしれない。彼の聞き間違いであることを期待する。

tak(高浜 豊)

■2003年2月17日

先週のこと。普段は家事手伝いなど殆どしない娘たちが、せっせと台所に立っていた。何をしていたのかというと、上の娘は雑誌を見ながらてづくりチョコを、下の娘は母親に教わりながらてづくりクッキーを、バレンタインデーに向けていそいそとつくっていた。
「一体誰にプレゼント」と疑念がむらむらとわき上がるが、聞いてみると、最近は「友チョコ」とか言って、友達同士でプレゼントしあうのだそうだ。全部で10個ほど用意していたので、ほとんどが友チョコなのだろうが、中には友チョコを隠れ蓑に「本命チョコ」も入っていたのかも知れないが、真相を知る由もない。
もうだいぶ昔のことだが、当時中学生の娘を持つ友人が、男友達から娘にかかってきた電話を取ったときの「曰く言い難い怒りとショック」について聞かされたことがある。最近では、携帯やメールで友達とやりとりしているので、そんな気分を味わうことはないが、こちらも真相を知る由もない。
そんな話を先日、髪を切りながらしていたら「昔は家に電話が1台しかなくて、親に知られないように女の子のうちに電話するのが大変だった。しかも、相手の親が出たらなんて言おうか考えながらで、ドキドキハラハラものだった。」等と昔話に花を咲かせてしまった。こういうドキドキ感を最近の子供たちは味わうことがないのかと思うと、便利さもほどほどにと宣いたくなる。

kita(喜多順三)

■2003年2月14日

いま使っている「ほぼ日手帳2003年」には、手帳下に<日々の言葉>が書かれている。2月12日の言葉はこうである。「高校生の頃、ぼんぼこぼんに太っていて、着ていく洋服に困っていました。あれこれとっかえひっかえしながら「でぶだから似合わない!」などとごねていたら、ふだん怒ったことのない母に、「私の産んだの子の悪口を言うな!」と怒られました。その瞬間から、‘母の産んだ子’の悪口を言うのはやめました。<ほぼ日デリバリー版・先輩ことばより>」僕自身は「母の産んだ子」をほぼ毎日絶賛しているような気がするが、それでもたまには悪く言うこともある。これからは(いまは亡き)母にわるいので、母の産んだ子の悪口は絶対に言わないようにしよう。

さてさて今日はバレンタインデーだった。日頃は、ぼんぼこぼんに太りすぎないよう、チョコレートの類はできるだけ口にしないようにしているが、年に一度のこの日だけは解禁。おもいっきり食べてやるゾ、と思っているのだけれどいつも収穫は・・・。それでも今年は3個あった。貴重なお三方に多謝。

fun(笠井義文)

■2003年2月13日

今日は住宅設計講座の日。6時半くらいからみなさんぼちぼち集まって来られます。はやめに来て情報交換?する人やインターネットでいろいろと調べものをする人など.....。終わったあとも時間のある人はいろいろと雑談も交えて建築や仕事の話などをしています。
ことし建築士やインテリアコーディネーターの試験を受ける人もいて、きょうはそんな体験談や勉強のしかたなどを教えたり教えてもらったり。ひとりで勉強すると途中でいやになってしまうけれど、仲間がいればまたやる気も出てくるので、みなさん一緒にがんばりましょうね!

yuu(笠井祐子)

■2003年2月12日

先日ご依頼を受けたMさんご夫婦の家づくりを検討し始めている。昨日もエディットのメンバーで検討会議を行った。さまざまな検討すべき事項やアイデアを出し合ったが、その中で改めて思ったのは、現在の住宅がその本質を見失っていること、本来住まいに求めてきた普遍的な機能を、今の日本人は重視しなくなっていることだった。車好きの私の例え方で言えば、本来下駄履きのような気楽さで日常のちょっとした買い物や移動に適していた軽自動車が、いつの間にか背伸びして快適装備や電子装備を満載し、一部の小型車より値段の高い立派な車になってしまったことに似ている。人は設備によって生きているわけではない。まず雨風から家族を守り安心して生活できるシェルターとしての在り方を見つめ、そこからどうしても必要なものだけを付け加えていくことで、本質の部分には充分なコストをかける住まいとして取り組んでみたい。このような(苦しみもあるだろうが)楽しく面白いチャレンジの機会を与えてくださったMさんには感謝している。何とか期待に応えたいものだ・・・。

hon(本田圭一)

■2003年2月11日

正月前に新聞広告に入っていた某理髪店の割引券。古い広告をゴミに出そうと、整理していると目に付いた。カット・シャンプー併せて1500円なり。ごっつい安い。そろそろ散髪のしどきである。有効期限は書いてない。薄くなってきた髪の毛、いまさらカットにこだわる事もない。損にして行ってみることにする。「これ大丈夫ですか」と、おそるおそる出してみると、OKであった。おまけに、1年間有効の特別会員券までいただいた。無駄を省いたやり方で、非常にスピーディーではあるが、終わってみると、あっさりしすぎてものたりなさを感じた。耳掃除ありーの、マッサージありーの、の、こってり理髪も味があって良い事に気がつく。「値段だけですよ」と言ってしまえばそれまでだが、1500円という値段からすると上出来過ぎるぐらいであり、この様なシステムを考え出した当理髪店に、感心させられる。でも、この値段から当分離れられそうもないなぁ。σ(^◇^;)

tak(高浜 豊)

■2003年2月10日

先週末は建築士会のスキーツアーに参加した。土曜日の午前1時集合、夜行バスで目指すは大山。朝7時に到着し、終日スキー、夜は鳥取県建築士会の方々と交流を深め、翌日は午前中スキー、午後1時半頃現地出発、徳島到着は夜の7時頃という強行スケジュール。スキーをするのが4年振りなら、夜行バスツアーはおよそ20年振り、クタクタに疲れたが、久しぶりにスキーを満喫することができた。
そして、もう一つ満喫できたのが北陸のカニ。鳥取県建築士会との交流会はカニ三昧。40人ほどの参加者に用意されたのは、紅ズワイガニが推計50パイ、マツバガニが推計200パイ。

交流会とはいえ、みんなカニを食べることに集中し、殆ど会話が成立しない状況。しこたま食べて満腹、それでは本題の建築論議という頃には、前日の睡眠不足とほろ酔い気分で「おやすみなさい」と失礼してしまった。
推計250パイのカニ、交流会では食べきれず「お土産にどうぞ」とこれまた沢山いただき、今夜もまたカニ三昧でフィーバーしてしまった。

kita(喜多順三)

■2003年2月7日

このまえの日曜、徳島県立美術館の「ゲルハルト・リヒター展」に行ってきた。エディットのメールマガジンやエディット広場で「美術発見」を執筆してくれている玉川稲葉さんと、前日に夕食をご一緒したドイツから来県していたマーティン君の展示解説を聞くためである。るんちゃん、ぺこちゃん、yuuさんと4人ででかけた。会場には予想以上にたくさんの人が集まっていて、その熱気はすごかった。お二人のキュレーター(学芸員)としての解説は見事だった。感心しきりで2時間弱の時間を過ごした。ギャラリーの中には、新居さんやヴァサンティーさん、愛媛の白石さんといった、顔なじみの建築家の方も何人かおられた。会場を後にするとき、遠くからマーティンに「バイバイ」をすると、彼が飛んできて握手を求め、3月にまた会いましょうと言った(たぶんそう思う)。底抜けに好青年なのである。で、「OK」とつぶやき別れたが、後日稲葉さんがメールで、「マーティンが僕のことを、昨晩と違ってえらくおとなしかったが飲み過ぎでひどく体調が悪かったのか、と言っていたよ」と教えてくれた。

実はこの日、珍しく体調は絶好調だったのだ。ただ、酒の力をかりて意味不明な言語を発していなかっただけである。なので稲葉さんに、「君はドイツ人だし、まだ若いので日本人の顔の区別はあまりつかないだろうけど、昨晩の彼は私の5人上の兄だったんだ」と伝えておいてね、とお願いした。3月にまた彼に会うのが楽しみである。

fun(笠井義文)

■2003年2月6日

今週はほとんど外に出ていない。事務所と家の往復のみ。寒いとどうしても外に出るのがおっくうになってしまう...。バーゲンなんてもうとっくに終わってしまったのかなぁ〜。エディットと事務所の間もなかに別の会社が入っているので外の廊下を行ったり来たり。それさえやめとこう.....なんて。こんど万歩計をつけてみよう、ちょっとこわいけど。
住宅の相談に若いご夫婦が来てくださっています。honさんとfunさんで打ち合わせ中。自分たちの好きなもの、したいことがはっきりしているので、横で仕事をしながら聞いていてもおもしろく、どんなお家ができるのか、とても楽しみ。

yuu(笠井祐子)

■2003年2月5日

この写真を見ていただきたい。先日、是非とも見て欲しいと言われて、見学しに行った阿南市のとあるお宅である。身体の不自由なご主人さんが、自らベッドの脇に取り付けたスイッチだ。テレビやラジオ、照明類など、ベッドに横たわったままでも、オンオフができるようにしてある。この方は、生活上の工夫をすることにとても熱心な方で、他にも無数の工夫(しかも感心するような仕掛け)が凝らされた住まいになっている。スイッチが5個並んでいるが、これらの高さが違うことに気が付かれただろうか。

そう、手で探るだけで目的のスイッチを操作できるようにするため、わざと高さを変えてあるのだ。説明される前にそのことを言うと、実に嬉しそうな顔をされたのが印象的だった。発語が少し不自由なため言葉は明確ではないが、とても知恵にあふれた人であることがわかる。これまで、見学しに来ただれもそのことに気付かなかったので、特に喜ばれたらしい。その人の生活に即した小さな工夫の意味を、自分の感性が見逃さなかったことに少し自信を回復する。このような感性こそ住まいのデザイナーには必要で、かつ鈍化させないように常に磨かないといけないな・・・。改めて自分自身に言い聞かせている。

hon(本田圭一)

■2003年2月4日

プロポリス・アガリクスキノコ・万田酵素・カスピ海ヨーグルト・キムチ納豆・黒酢・もろみ酢....ect 世間が体によいと言うことは一様やってきた。そんな我が家の現在のブームは、発芽玄米。ちょっと癖はあるが、香ばしい味がして、私はなかなかおいしいと思っている。食べにくいと言う家内を後目に、お代わりしたりする。おかげで私の体重は、相変わらず右肩上がりである。

tak(高浜 豊)

■2003年2月3日

今日は節分。歳の数だけ豆を食べようと、ビール片手に大豆をポリポリ。いつの間にか数えるのを忘れ、気がついたら100歳をこえていた。食べるだけでは駄目、豆まきもしなければと、「福は内、鬼は外」とか言いながら豆を上に投げ口でキャッチ、調子に乗って、150歳近くまでいったかもしれない。こんなことをしていたら、鬼も呆れて近寄らないだろう。
話は変わって、土曜日、ドイツからのお客さんをお迎えした。掲示板でもご紹介している
「ゲルハルト・リヒター(眺め)展」の準備や解説に訪れたキューレーター。控えめで礼儀正しい彼は初来日、1週間の滞在は徳島だけとか。折角の機会だから食事でもと割烹Uへご案内。本格的な日本料理は初めてで、なれない箸を上手に使いながらも食を楽しんでいたが、車エビの踊りや毛蟹の酢の物には手が伸びていなかった。
食事も終わり、そのままお開きにするのもと思い我が家にご案内、日本の住まいを訪れるのも初めてとのこと。
初来日した外国人が体験した食の空間、住空間が共に私が昨年デザインしたものだということに後で気付き、変な責任感を感じている。

kita(喜多順三)

[↑エディット日誌TOP]

【これまでの日誌】

2002年

1月

2月

3月

4月

5月

6月

7月

8月

9月

10月

11月

12月

2003年

1月