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■2003年12月26日 | ||||||||||||||||||||||||||
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今日は5時起きで大阪行き。大学時代の友人のお母さんが急逝され、そのお葬式があったのだ。このお母さん、学生時代に大変お世話になった方で、親父が死んで、でも何とか大学に通っていた時期、毎日食べるものに事欠いていた私を何回も家に呼んでご馳走していただいた、いわば恩人のお一人なのだ。もちろん一番悲しいのは私の友人。お父さんを10年ほど前に亡くしているから、ご両親とももういないことになる。私の悲しみとは比べようもないはずだが、喪主として気丈にしていた彼は立派だった。(ちなみに私の時は、もっとメソメソしていたように思う。)でも、ご住職様のお経を聞いていると、否応なしに、学生時代に励ましてくださった時のお母さんの姿が目の前に浮かんできて、熱いものがこみ上げてきた。私の母親より2歳上だったはずで、高速バスの中で母親のことを考え考え帰ることになったのだった。私の母親のことまで考えさせてくださった友人のお母さんに合掌。 hon(本田圭一) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月25日 | ||||||||||||||||||||||||||
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朝の番組で今日の運勢をやっていた。私は牡牛座、なんと全ての星座の中で今日は一番ラッキーなのだそうだ。ラッキーアイテムは「ノートパソコン」といっていた。ということで前々から欲しかったが、買うことを躊躇していたノートパソコンを買いに行くことにする。VAIOにしようか?、FMVにしようか?、 Lavie にしようか?、それともDynaBookもエエなぁ。なんて、あっちへふらりこっちへふらりと、ずいぶん店内で迷ったあげく真っ白な容姿が一番美しかった、Mebiusにした。ふう〜ぅ。久しぶりに物選びで疲れてしまった。今日はゆっくり寝ることにしよう。 tak(高浜 豊) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月24日 | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月23日 | ||||||||||||||||||||||||||
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マズイ。ぜんぜん記憶がない。yuuさんの日誌にもあったが、昨晩はエディットの忘年会だった。その時のことの大半が頭の中からきれいさっぱり消えてしまっている。どうも、お湯割りづくり名人の応援団長がつくってくれたグラスをハイピッチで空けてしまったことが原因のようだ。最近、飲んだときの健忘度合いが日増しに強まってきてはいたのだが、今回のは特にヒドイ。約2時間半ほどの宴会のうちの2時間がすっぽり抜けてしまっている。コワイ。何か訳の分からぬことを口走ってしまってはいないだろうか。みなさんにとんだご迷惑をかけていないだろうか(聞くところによると、宴会が終わってからtakさんと宮田君と一緒に2次会に行くと喚いていたところを、yuuさんに取り押さえられ強制送還されたそうだ・・・わっ!)。常日頃、自分の記憶力の悪さを大いに嘆いているのだが、ひょっとすると、こういう醜態を一秒でも早く記憶から消し去りたいとタビタビ思っていることが、自らの忘れる能力を無意識のうちに強化しているのかもしれない・・・。 fun(笠井義文) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月22日 | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月20日 | ||||||||||||||||||||||||||
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昨晩は、あろう事か忘年会が2つも重なってしまった。7時から建築士会の研究会の忘年会、その後汽車で阿南に戻り、友人と忘年会・・・。おかげで今日の午前中はほとんど仕事にならなかった。でも、この2つ目の忘年会で出た話を思い出してみると、今いろいろと悩んでいることに関するヒントがあったように思う。それは、「議論をすることの難しさ」だ。那賀川フォーラムでもそうだが、ワークショップなどである事柄に対して議論しようと仕向けても、本当の議論にはなかなかならず、自分の意見をただた主張する人が多いということだ。ワークショップというもの、元々舞台俳優たちが登場人物の性格や志向をより深めて演じることができるよう、グループに分かれてそれぞれの登場人物になりきって、様々なシチュエーションを仮定して議論したことがその始まりだとされている。ところが、今やっている那賀川フォーラムにしても、これまで関わってきたワークショップにしても、そのほとんどが、参加者が主張する意見をポストイットなどに書き出し、これらを徐々に整理して集約化しているだけに過ぎないように思うのは私だけだろうか?これでは単なるKJ法(何と懐かしい響きか)に過ぎないように思う。昨日の2つ目の忘年会は大学時代からの友人との忘年会だったのだが、思い出話の中にそのKJ法が出てきて、今やっているワークショップと何が違うのかと思った次第・・・。ある役割を演じながらその中に自分の考えを反映させる、またその上で相手の意見をキチッと聞いて反論していく、そういうことに慣れていないのか、それとも日本人自身がそもそも不得意なのか?よそ者である私が、お互いに評価しあうことを極端に避けるという風に感じている、徳島県人の気質によるものなのか?ワークショップの技術は高度な方法が試みられているが、この部分を解明しないと、本当の日本型(あるいは徳島型)ワークショップは出てこないのかも知れない。 hon(本田圭一) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月18日 | ||||||||||||||||||||||||||
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竣工してもう1ヶ月にもなる改造工事。仕様変更により見積金額よりだいぶ高くなってしまった。とはいってもその都度、追加金額の確認をとっているわけではない。安くなった請求書は、持って行きやすいのだが、高くなっていると「どういって説明しよう」とついつい足が遠のいてしまう。 tak(高浜 豊) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月17日 | ||||||||||||||||||||||||||
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月曜日でほぼ1年間通い続けた歯の治療が終わった。 kita(喜多順三) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月16日 | ||||||||||||||||||||||||||
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日曜日、いまエディットで住宅を設計させてもらっているOさんご夫妻と美馬町に行ってきた。kitaさんの設計した竣工間近の病院と住宅を見学させてもらうためである。現場では休日にもかかわらず、多くの職人さんが忙しく働いていた。そんなところにお邪魔した主たる目的は、Oさんご夫妻に大きな吹抜けの空間を体感していただくことだった。一般に我々日本人は、小さい頃から4帖半とか6帖、8帖とかいった広さに対しては親しみがある。だから、「この部屋は8帖でいきましょう」とか「6帖間の広さになります」とかいう会話が自然に共有でき、成立する。実はこれは他の国では珍しいことらしいのだが、12帖以上の広間となると勝手が違ってくる。日頃経験のない広さは、やはり一般の方にはなかなかつかめない。まして、吹抜けというような上への広がりが伴うとなおさらである。更にいうと、空間の感覚というのは広さだけではない。その空間に関わる様々な素材や光、空気、音などの複合された要素が一体となって我々に知覚されるのである。と難しく言わないまでも、設計者としては、「こんな感じの部屋っていかがですか?」「毎日の生活をイメージしてみてください」と予め問いかけたいのである。 fun(笠井義文) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月15日 | ||||||||||||||||||||||||||
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もう今年も2週間、ちょうど一段落ついた仕事が多いせいか、気分もたっぷり師走です。郵便局へ行ってもいつになく人がいっぱいだったし、ポストは年賀状専用の窓口になっていたり、スーパーには正月飾りが売っていたり.....と。 yuu(笠井祐子) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月13日 | ||||||||||||||||||||||||||
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今日は第21回目の那賀川フォーラム。いつも、短い時間の中でどのように必要な議論や意見を出してもらうか苦労するし、必ずしもプログラム通りに進行しないことも多く、瞬間瞬間の機転が必要なときもある。今日は、各グループの発表の中で、一人の人が時間を超えて長々と発表するなどハプニングの連続で、全然予定通りにいかなかったのだが、時間の割り当てや説明の時間を調整することで何とか乗り切れたのだ。それにしても冷や冷やものだったが・・・。怪我の功名というか、無理に発言をせかしたりしないで済んだために、終了してからの参加者の満足げな顔を見ると、こちらも良かったなと思う。「適正な水利用の在り方」や「森林保全・整備の在り方」など非常に難しい内容であったにもかかわらず、熱の入った意見交換や議論が生まれ、予定通り次の段階に進めることができそうだ。実は、始める前はあまり体調が良くなかったのだけれど、やっている途中はそのことを忘れるほど自分も頑張れた。でも、終わった途端くしゃみを連発・・・、どうも風邪にかかってしまったらしい。 hon(本田圭一) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月11日 | ||||||||||||||||||||||||||
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友達のお母さんに会った。「ちょっとみんまに、入るとこ無いぐらいにまた肥えて。」・・・・・・・・・(^^;;;。 久々に体重計に乗った。まちごうとんちゃうか。?というぐらい太っていた。早速運動を始めた。階段足踏み運動である。1日10分と家内からは言われているが、これがなかなかしんどい。なんやかんやと言い訳をしながらさぼる毎日。もうあきらめました。痩せようと思ってもなかなかなので、今度は太る事に挑戦してみよう。さあ、どこまで太れるでしょうか?こう思うとちょっと気が楽になった。 tak(高浜 豊) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月10日 | ||||||||||||||||||||||||||
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先々週末の京都行きから、遠出が続く。先の土曜日は美馬町の現場監理の後、勝浦町での打ち上げ、日曜日はミカン狩りに参加できず、美郷村で民家調査の発表会に参加。発表会が終わるや、善通寺市へ敷地調査。そして、今日は日帰りで京都へ。 kita(喜多順三) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月9日 | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月8日 | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月6日 | ||||||||||||||||||||||||||
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年末と言えば、年末ジャンボ宝くじ。ジャンボ宝くじは年に何回もあるが、年末ジャンボだけは、洒落と新年への若干の期待を込めて10枚だけ買うことにしている。もちろん、毎年「捕らぬ狸の皮算用ごっこ」を楽しんで終わるのだが、これ、もし本当に3億円当たったら人間ってどうなってしまうんだろうと考える。というのは、宝くじではないが知り合いの人が急に大金を手にすることになり、それを目当てに群がる人があるからそうなってしまうのか、3ヶ月ほどで随分性格が変わってしまったような気がするからだ。私たち家族とは何の利害関係もないが、残念ながら付き合いにくい雰囲気になってしまった。お金が無くても人は変わるが、有りすぎても変わる。とかくお金とは難しいものだ。 hon(本田圭一) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月4日 | ||||||||||||||||||||||||||
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請求書を出した。「あれ、見積もりより高くなったんで?」と言われた。「消費税が、含まれております。(^^;;;)」...。 とっさに思った。こりゃ消費税、値切られるなぁ。今日その施主様から、集金してくれとのTELがはいる。1円単位まで頂いて来ようと、心してお伺いした。「確認してよ」と手渡されたお金は、請求金額よりも多く、小銭の1円まで入っていた。「多すぎますよ」と言うと、「気持ちじゃけん、もって帰って」と言われた。「いや、いや」と断ったのだが、それなら、今後取引はしないと言われた。値切られると思って集金にいった自分が恥ずかしくなった。ついでに、昼食まで頂いて帰ってきた。ありがたや。ありがたや。 tak(高浜 豊) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月3日 | ||||||||||||||||||||||||||
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先週末、京都へ行った。目的は、京町屋の再生に取り組んでいるグループの活動内容を学ぶこと。 kita(喜多順三) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月2日 | ||||||||||||||||||||||||||
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1999年1月から毎月発行してきた「エディット広場」は、2003年12月1日号vol48をもって終了いたしました。みなさん永らくのご愛読、どうもありがとうございました。 fun(笠井義文) | ||||||||||||||||||||||||||
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■2003年12月1日 | ||||||||||||||||||||||||||
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【これまでの日誌】 | ||||||||||||||||||||||||||
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