■2002年10月31日

これを書いている現在、10月31日午後11時45分。あと15分で10月も終わりだ。つい先日49歳になってしまった私としては、もう50の声も間近に迫っている。年齢を重ねると時の過ぎるのが早いと言うが、確かにひと月ひと月がえらく短いような気がする。とは言っても、10月の半ばまでは昼間半袖のシャツで過ごしていたのだから、そのような気がしても仕方ないのかも知れないが・・・。そんななかで、この3日間は完全に「おこもりさん」(京言葉?)状態で設計作業に没頭している。図面を描くことはもともと好きではないが、今週末にお施主さんに提出しなければならないという瀬戸際でもがいてきた。でも、それも何とか目途がついてみると、この3日間で描いた図面の枚数が結構なものになっていることに気付く。忍び寄る目の衰えをはっきりと感じ、眼鏡をつけたり外したりしながら、パソコンの画面に取り組んでいる自分のことを、なかなか頑張っているではないかと感じてちょっぴり嬉しい。総じて10月は充実感を持って過ごせたように思うが、これも嬉しい月の終わりかた(変な言い方だが)のひとつなのだろうか。11月も周りの人に喜んでもらえるよう頑張りたいものである。あっ、もう11月に入ってしまった・・・。

hon(本田圭一)

■2002年10月30日

今日は朝から見積書の作成である。各協力業者さんから集まってきた業種ごとの見積書をチェックをかねて集計していく作業である。手書きの時代に比べて、パソコンを使うようになってずいぶんとその時間は短縮されるようになった。入力さえ間違わなければ計算は自動的に行ってくれる。単価調整も一発といった具合である。雑工事を入力して完成。ホット一息電源を入れたまま、コーヒータイム。30分後、さあ後少しと机にすわると、画面が真っ暗。w(☆o◎)wガーンマウスを揺すっても、キーボードをたたいても、なんの反応もなし。最近、家内のP・Cのハードディスクがクラッシュしたばかり。祈る気持ちでリセット。何とかデーターは助かったもののヒヤヒヤ気分であった。こまめなバックアップが必要ですね。

(写真は壊れたハードディスクです)

tak(高浜 豊)

■2002年10月29日

昨日は近所の神社の秋祭り。境内には屋台が建ち並び、子供たちが楽しそうに練り歩いていた。屋台の構成は金魚すくいやたこ焼きなどの昔懐かしいものに、ハンバーガー、フライドチキン等のファーストフードも加わり、時代の変化を感じさせられる。
御輿や山車も昔より立派になり、町内各地を廻るようになった。ありがたいことであるが、ここで一つ不愉快な出来事があった。
夕方の4時頃のこと、玄関のドアホンが鳴り、表に出てみると法被姿のおじさんが2〜3人、そこら中の家のドアホンを鳴らして廻っている。何事かと用件を尋ねると、「祭りの御輿のもので、ご祝儀をお願いしたい」との答え。肝心の御輿は表通りだけを流し、我が家の前の路地までは入ってこない。昔からの氏神の祭りなので、祝儀は払ったが、実に気分が悪い。母親に聞くと「昔は御輿が家の前まで来て、そのときご祝儀を渡していたが、最近は御輿は来ないが、祝儀の集金人だけが来る」という。ふざけた話である。
先週のラッキー抽選会の件といい、馬鹿な大人に腹が立つ話が多いとぼやいていると、隣で妻が「それだけ年を取ったって言うことよ」等というものだから、よけいに腹が立っている。

kita(喜多順三)

■2002年10月28日

日曜、岡本棟梁夫妻に誘われてお茶会にいってきた。ところは数年前に棟梁が建てた阿波町の住宅。お茶会といっても正式なものではなくごく個人的な遊びの会で、招かれたメンバーを見てもそのことがよくわかる。まず、岡本夫妻と私。それからベテランの大工さん、若い大工さん(坂本君)、若い塗装屋さん、割烹Uでもお世話になった庭師の山根さん。そしてお正客は、書家の藤井先生である。この面々、先生以外はほとんど「お茶」というものをしたことのないものたちばかり。

0から教えてもらいながらの初心者研修とあいなった。しかし常日頃、外で威勢のいい仕事をしている連中が、神妙にカチカチになっている姿を見ると、お互いついつい笑いがでる。はじめはこらえていたのだが、そのうち部屋中が大爆笑になってしまった。足のシビレをこらえながら、大笑いの茶会を無事?終え、そのあとは勇壮な借景と美しい庭を見ながら、また談笑が続いた。ほんとに得がたい空間と時間を堪能させていただいた秋の午後だった。

fun(笠井義文)

■2002年10月25日

この週末は家の片づけ&掃除。年に3回ほど友人が泊まっていく。その部屋はふだん使っていないこともあって、いつのまにかとりあえずここに置いておこうってモノがたまっている。ちょうどいいペースで泊まっていってくれるので、適当に部屋が片づいてありがたいのだけれど、このところ2回ほど都合で来れなかったので、ほぼ1年ぶり。・・・ということは、今回は大掃除になるかも。

きょうの夕刊(25日徳島新聞)の視点というコラムに、「ふるさと」という題で、割烹Uの仕事をご一緒させていただいた岡本棟梁のことを書家の藤井悦子先生が書かれていました。まだお読みでない方はぜひご覧下さいね。

yuu(笠井祐子)

■2002年10月24日

木曜日はどうも外出しない日が多いようで、日誌の題材がないことを何回もここでぼやいている。とは言っても、夜にお施主さんとの打ち合わせが急遽決まり、ようやく!外出することができた。このお施主さん、県職員として長いキャリアをお持ちの上に、とてつもない読書家で、設計している家にも書斎の他に書庫を計画している。非常に知識欲旺盛な方で話題にも事欠かないので、話も面白く、ついついいつも話し込んでしまう。今日も15分程度で済む用事だったのが、退去したときには2時間が経っていた。こちらは、設計作業を途中で放り出してパソコンもつけっぱなしにして来たから、最初のうちは早く帰らなきゃと思っていたのだが、コーヒーが出てきて、お茶が出てくる頃にはもう忘れている。帰り道、あ〜あ、今日も結局遅くなっちゃったかと思いつつ不思議と気分が良い。人と様々なコミュニケーションをとることがいかに大切かということか。たぶん、昼間外出しなかった分、自分にとっても良い気分転換になっているのだろう。人間は他の人との関係性の中でしか生きていけないことを、今日一日の中でも感じたことだった。

hon(本田圭一)

■2002年10月23日

今日は久ぶりに家族で外食をした。と言っても久しぶりなのは、私だけ、彼らは、私がいないすきにちょくちょく行っているらしい。うれしい事があったわけではなく、指名競争入札で、競争に破れた残念会でもあった。結果は、最低落札金額を下回り、失格となってしまった。高けりゃあかんし、低くてもダメ。いったい適正価格とはなんぞや?と思わせる出来事であった。

tak(高浜 豊)

■2002年10月22日

先週末の日曜日は運動会があった。小学校のPTAやスポーツ少年団、その他色々な団体が主催や後援をする親子運動会と称するものだ。地元の企業や店舗などに広告を募り資金集めし、推定広告料収入は何と200万円。豪華な景品や賞品を用意し、競技を楽しむと言うよりも賞品を貰うために参加する。「参加することに意義がある」と言うには少し異議があるような催し物で、競技者と世話人だけの観客のいない運動会である。
まぁ、子供たちが楽しむ分には良いのだが、この手のイベントの最後としては定番とも言えるラッキー抽選会でちょっと不愉快な出来事があった。抽選方法は、番号のついた抽選券に名前を書いて抽選箱に入れ、見事当たれば半券と引き替えに景品を貰うというやり方である。抽選が始まり、当選者の名前が呼ばれる。呼ばれた子供は嬉しそうに前に駆けだし(こんな時は普段憎らしげな子でも実にいい表情をしている)、自分の名前を言うが、中には半券を無くしてしまっている子もいる。と、係りの大人は半券がないと失格だと凄む。その態度があまりにも強行だったので、隣にいた知人に「あまり子供を疑うのはどうかね」と聞こえよがしに言うと、いきなりこちらを振り向き「規則だからしょうがない」と今度は私に向かって凄む。規則と言うが抽選券のどこにもそんなことは書いていない。幸い、呼ばれた子供が私の知っている子だったので、「この子は○○君に間違いない。私が保証する」と言い、無事賞品はその子の手に渡ったのだが、実に後味が悪い思いをした。

kita(喜多順三)

■2002年10月21日

honさんkitaさんと三人で山川町の阿波和紙会館におじゃましてきた。以前に施設利用のことでご相談をうけていて、そのお話のためである。わざわざ休日出勤してくれた工藤さんも交えて、理事長さんのお考えなどをうかがい、我々の提案などもお伝えした。
世の中には様々な建物が様々なかたちで造られていて、そのひとつひとつの建物は違った性格や事情を持っている。だからその建物と長い年月どう付き合っていくかはひとつひとつ違ってくる。

しかしそれを一般の人がうまくやっていくのはかなり難しいことである。やはり広い視野と経験をもった専門家の的確なアドバイスが不可欠だろうと思う。ただ、我々が自分に相応しい主治医と巡り会うのが難しいように、そのような専門家と出会えるのは希なことなのかもしれない。今回、我々がその役割を果たすことができれば嬉しいのだが。(写真はこの前東京にでかけたときにたまたま見つけた渋谷駅前のショップ。阿波和紙会館さんの商品がならべられていた)

fun(笠井義文)

■2002年10月18日

このところ、今関知良さんという山川町で農業をやっている人の「脱サラ百姓背水の陣 大豆づくり奮闘記」という本を読んでいます。大豆づくりに成功するまでの3年間をわかりやすく楽しく読ませてくれる本で、その後の加工品づくり(味噌、醤油、豆腐、納豆、クッキーなど)も紹介されています。読んでいると本にでてくる玄米クケットが食べたくなり、こんど見つけたら買ってみよう、などと思いながら読んでいます。o157や狂牛病、賞味期限や農薬の問題など、安心して食べられるものがなくなりそうなこの時代に食べるものはほとんど自給自足しているという今関さんの生活は、とてもまねのできることではないけれど、うらやましくもあり、いつか何かひとつでも自分で作ってみたい気になります。
「てんとうむしの背に乗って・・・」というウェブサイトで毎日の生活を紹介されています。

yuu(笠井祐子)

■2002年10月17日

アッと思ったら、もう10月も半分以上過ぎている。いよいよ、福祉住環境コーディネーター1級の試験が迫ってきた。なのに、ほとんど受験勉強ができていないのだ。もうあと1ヶ月少ししかない。9月中頃からテキストを読み出したのだが、5分の1も読めていない。原因は仕事が忙しいからだということにしているが、実は内容の難しさがその真相・・・、読み進むのに非常に時間がかかるのだ。福祉住環境コーディネーターとは、障害者や高齢者の住環境の改善を、当事者の状況に応じて福祉、医療、保健、建築の専門家と連携をとって、コーディネートする役割である。2級までは比較的簡単に感じたが、1級は群を抜いて難しいことがわかる。でも私の仕事の流れの中ではこの資格をとる意味はある。となれば、勉強しないわけにはいかないのだが・・・。あとの言い訳のために、試験日は・・・ナイショにしておこう!(でも、できる限り頑張るのではありますが・・・。)

hon(本田圭一)

■2002年10月16日

仕事を始めて間もない私に、なんの疑いもなく仕事を任せてくれた、施主さんがいる。鉄骨造3階建の住宅を建築して早18年、その後、娘さんの住宅もさせていただき、親子2代に渡ってのおつきあいである。その施主さんから、1年前に見積もりを出した改修工事のことで、今日、呼ばれる。「やっとお金が出来ました。」(^-^)とりあえず、外構工事から取りかかってくれとのこと。打ち合わせが終わって最後に、「私が生きている間は、あなたにこの家のメンテを任す。」と言われた。建築をやっていてほんとうに良かったと思えた何とも言えない感激の瞬間であった。

tak(高浜 豊)

■2002年10月15日

またまた3連休明けの火曜日、この書き出しが定番化しそうなくらい土・日・月曜日の三連休が多い。考えてみれば、学校は週5日制、振替休日にハッピーマンディと月曜日が休日になることが多いのだから、当たり前のこと。
休日を増やし内需を拡大させたいという政府の思惑の逃避はさておき、カレンダーに赤い色が並ぶと何となくのんびりした気分になる。のんびりしてる場合じゃないのはいつものことなのだが....
しかし、この3連休だけは歓迎できない。というのも、私事で恐縮だが、私達夫婦の結婚記念日が10/9だから。「体育の日の前日だから絶対忘れないし、休前日だから祝い事にも丁度良い」とか言いながら式の日取りを決めたのだが、まさか体育の日が毎年変わるとは。今年も危うく忘れそうになった。来年あたり相当にヤバそうな感じが......

kita(喜多順三)

■2002年10月14日

日曜日の夕方、県立美術館の森羅万象展に行ってきた。3日間の開催だったので最後に滑り込めたというかんじだった。まず受付の斎藤繁次さん志津子さんご夫妻にご挨拶。そして会場を2周したところでペコちゃんにバッタリ。「没頭している楽しいことの合間にのぞきにきました〜」とのことだった。で、しばし立ち話。その後、出展者でもある伊藤紀子さんにお会いし、作品の解説をしてもらった。伊藤さんはエディットの住宅設計講座に前回からきてくれている。

そうこうしているところへ、写真家の幸田先生と画家のるんちゃん登場。そして西山きんこさんも登場。みなさん作品搬出にこられたとのことだった。この森羅万象展は、美術芸術を愛するいろんな人がいろんなかたちで参加している多彩な展示会である。そこでは作品を介していろんな人と人との出会いがある。たくさんのイベントがある秋は、みんなが人恋しくなる秋、なのかもしれない。

fun(笠井義文)

■2002年10月11日

事務所に新しいコピー機がやってきた。といってもリースなのだけれど、こんどはカラーコピー。今までより安いリース代だという言葉に反対する理由も見あたらず、ずーっとお世話になってきた営業の人の熱心なすすめにつられて、ついつい新しくしてもらった(カラーはたぶんあまり使わないとは思いながらも)。でも、今頃気がついたのだけれど、古いコピー機、まだ十分使えるのにどうなるんだろう。よかったんだろうか?なんだか、ちょっと複雑な気分です。

yuu(笠井祐子)

■2002年10月10日

なぜ、体育の日が10月10日でないのだ。連休にしなければいけないのか。旅行する人を増やして経済活性化をはかるため?に、無理矢理祭日を連休になるように動かすという姑息な政府の経済対策は、しかし何の効果ももたらしていないように見える。かつて、東京オリンピックという戦後復興を成し遂げたシンボルとも言える一大イベントの記念として、体育の日は生まれた。しかし、このままではその意味と本当の日にちはいつか忘れ去られてしまうだろう。忙しくて多少イライラしているせいか、それとも一向に明かりの見えてこない日本経済のせいか、今日はやけにとがっている。

hon(本田圭一)

■2002年10月9日

昨日は、とっても寒かった。つい最近まで、クーラーを付けていたのに。季節の移り変わりの早さに、ただおどろかされる。昨日帰宅して「寒い、寒い」を連発したせいでしょうか?今日、帰宅すると居間にはコタツが出ていた。一年間のうちいったい何日、冷暖房器具に頼らず、生活が出来るのだろう?贅沢になった体は、きっと後戻りが出来ないのだろうか。1年中エアコンに頼る、恐ろしい時代がそこまで来ている様な気がする。

tak(高浜 豊)

■2002年10月8日

雨交じりで肌寒いこともあり、終日事務所にいた。
夕方、4時過ぎであっただろうか、近所で少女が泣き叫ぶ声が聞こえてきた。何事かと思い外へ出てみると、何か悪いことをして閉め出されたらしく、家に入れなくて泣いている。事件でないことが分かり、一安心。あまりジロジロと見ているのもどうかと思い、すぐに事務所に戻ったとき、以前アメリカ人と話したことを思い出した。
彼女は「日本では、悪さをした子供を閉め出すが、アメリカでは考えられない。そんなことをしたら、子供は喜んでどこかに遊びに行く」と言う。じゃあ、そちらの国ではどうするのかと聞くと「外出禁止」と言って、屋根裏や地下室に閉じこめられるらしい。住宅事情の違いだけでなく、文化の違いを感じさせる話であった。
子供のお仕置き一つをとっても違いがあるように、住まいの使い方にもかなりの違いがあるはずだ。しかし、そんなことは殆ど知らず、気にもせず、あちらもののコピーのような住宅が量産されている。嘆かわしいことだが、嘆いてばかりもいられない。とりあえず、上田篤著の「日本人のすまい」を再読しはじめたが、簡単に答が見つかる問題でもなさそうだ。

kita(喜多順三)

■2002年10月7日

まだまだ先のことだと思っていたが、とうとうやってきた。ものがかすんで見える。小さな文字になかなか焦点があわない。周りが暗いといっそうその度合いが増す。そう、老眼である。同年代の人からボチボチそういう声が聞こえてはいたが、自分はまだまだだと思っていた。しかしここ数日、とくに感じるようになった。近眼との付き合いは長いので遠くが見えにくいことには慣れてしまったが、近くが見えにくいのには、けっこうまいっている。ことに好きな本を読むのが辛いのはこたえる。

裸眼にしようか、近眼鏡で読もうか、しばしば迷う。そして読むこと自体がおっくうになったりする。これはユユシキことである。体力の衰えは「運動不足でなまってるからねぇ、まっ、ちょっとトレーニングすれば十歳ぐらいは若返りますよ〜」と言い訳しているが、老眼はどうもごまかしがきかない。素直に老眼鏡をかければいいのだが、やはりそれには相当に抵抗がある。戻って来られないところに連れて行かれるような気がする。このうえは、目の筋肉を密かにトレーニングしてみるしかない。さて、どうやって?

fun(笠井義文)

■2002年10月4日

はじめてコンビニの機械を使って、高速バスの切符を買った。わざわざ駅前まで行くの面倒だなって思っていたら、コンビニで買えるよと教えてくれたので、さっそくインターネットで予約状況を調べた。まだ10日も先のことと思っていたのでのんびり構えていたら、連休ということもあってか空席は残り少なくなっていたので、急いで電話で予約。コンビニで買えると聞いたのですが・・・と言うと、機械の使い方まで丁寧に教えてくれた。おかげで操作もスムーズに切符を手にすることができた。

駅前まで行ってたら30分はかかるところがわずか5分。でも、この紙きれでほんとに大丈夫なのか、乗るまでちょっと不安。。。

yuu(笠井祐子)

■2002年10月3日

いつの間にかもう10月に入っている。暑がりの私としてはよけい感じるのかも知れないが、今日の日中もまた暑かった。最近は現場半分、事務所での作業半分といったところなので、雨も困るが晴れも暑くて困る。でも、晴れのおかげで現場が進むことも事実。私の汗を別にすると、現場が順調に進むのは気持ちいいものだ。今日もわずか2坪半の増築の現場。2坪半と言いながら、基礎工事に始まって1軒の家を造るのと同じ種類の職人さんが関わる。金額もそれ相応に高くなるが、お施主さんが気持ちよく受け止めてくださるのは、まさに仕事の醍醐味だと思う。お施主さんと私の信頼関係が、遅れ気味の現場を救っているのだ。個人と個人の信頼関係・・・、私の仕事を支えているのはまさにこの1点に集約される。どんな小さな現場でも、全力を持ってあたると、それに人の気持ちが応える。自分の考えたことが現実のものになる恐怖感を乗り越えたところに、いつまでも続く信頼が生まれる。つくづく、怖い、しかし嬉しい仕事についているんだなということを感じながら、今日の一日が過ぎていく。

hon(本田圭一)

■2002年10月2日

金運絶好調。勝負事もツキ。宝くじ購入を。ラッキーナンバーは9。ラッキーカラーは黒。方位は北とは今日の私の運勢。黒ねぇ?と思っていたら、電話。「誰がおいでになるんですか?」「どこぇえ?」「○○さんの告別式。」 エェ〜\(゜o゜;)/。(こ9別式。)あわてて喪服(黒服)に着替え、会場へ、出棺10分前、何とか焼香に間に合った。となると残るは、北方向の宝くじ。目指すはフジ9ランにある宝くじ売り場。「オータムジャンボください。o(^o^)o」「売り切れです。」.......。とここで今日の運勢は途切れた。まさしく、私の人生そのもののようである。(ToT)ダ-

tak(高浜 豊)

■2002年10月1日

このところ、週末といえば伝統的な建築に触れる機会が多くなっている。先週末の土曜日は勝浦町にある「今山の農村舞台」を訪れた。
ここの農村舞台は「仮説舟底舞台形式」と呼ばれる珍しい形式の舞台で、歌舞伎などに用いられる平舞台と人形浄瑠璃の舟底舞台のどちらにも転換できる機構を備えている。とはいえ、100年近く前の倉庫に近いような建築で、大がかりな舞台装置を持つのではなく、舞台を支える床構造が取り外し可能になっているだけなのだが、シンプルでありながら随所に工夫が見られ、非常に良くできている。

この舞台が珍しい形式であることが分かったのはごく最近のことで、もっとも50年程前には知らない人はいなかったが、舞台として使われることがなくなり忘れられていただけだが、農村舞台をテーマに研究をしている大学院生の発見による。床下を調査していた時、なにやら不思議な部材があり疑問を抱き、地域の長老などの話を聞き、地元の人たちの協力を得て本当に転換機能を持つのかどうか検証して明らかになった。彼の優れた好奇心と探求心のたまものである。
これまであちこちの民家調査をしてきたが、虫やら蛇が怖く、床下や屋根裏はできることなら避けていたが、彼の調査態度を見習わなければ、もしかしたらすごい宝物が潜んでいるかもしれないのだから....

kita(喜多順三)

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