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■2002年11月29日
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きょうやっと歯医者さんへ行くことができた。引っ越して今まで通っていた歯医者さんが少し遠くなったので、この機会に別の歯医者さんへ行ってみることにしたんだけれど、はじめてのところはやっぱり不安。少しやり方も違うみたいだし...。でもていねいに説明してくれて、治療後も鏡で見せてくれ、きれいに治っていたのでやっと安心しました。家を建てるのも同じで、設計図だけではとても不安なんだろうーな。説明を聞いてもよくわからないまま、おまかせして出来上がってみて、はじめてこうなったんだー、みたいな。少しでも不安を少なくしてあげるために、できるだけ分かりやすく説明することが大事なんでしょうね。でも、目の前にないものを説明するのはむつかしい.....です。信頼しておまかせ、なんでしょうか?
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ひらたるんちゃんのカレンダーが出来ました。今年は1月始まりです。A4サイズが1300円、はがきサイズが900円だそうです。きんこさんのカレンダーもあります。
yuu(笠井祐子)
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■2002年11月28日
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先日24日に、サロン・ド・エディットで建築見学ツアーが行われたが、今日も笠井さんからお話を聞き、お土産などいただくと、行けなかったのが残念で仕方がない。理由は、福祉住環境コーディネーター1級の試験があったため。この出来がイマイチであったため、こんな事なら見学ツアーに行ってた方が楽しい気分で過ごせたかも・・・、などと思ってしまう。特に司馬遼太郎記念館は、安藤氏の設計でなくても行ってみたかった施設。
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日本人というものに視点を据え、様々な文化や歴史観に新な境地を開いた司馬遼太郎のファンである私にとって、彼にはもっともっと長く生きて、現在の世相や風潮に鋭いメスを入れて欲しかっただけに、結構想い入れは強い。日頃バタバタしている自分にとって時間を作ることは難しいかも知れないが、何とか近い内に行くぞ!と密かに誓う今日の私であった。
hon(本田圭一)
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■2002年11月27日
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安売りとなるとついつい寄ってみたくなる。釣具屋さんの話しであるが、今週はじめから、恒例の安売りが始まった。行くと、何かしら欲しくなるので、今回は、我慢していたのだが、今日徳島へ打ち合わせへ行った帰り道、我慢しきれなくなり立ち寄ってしまった。「見てるだけ」にしておこうと思っていつも入店するのだが、気がつくとなにかしら手にしている。こんなんも、あんなんも、と買っいるうちに、気がつくと¨浮き¨などこんなにたまっていた。(○o○)
小物だけについつい買い過ぎてしまう。
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「釣りをやっていなけりゃ家が買えたのにね。」なんて言う人がいるが、まんざら嘘でもないみないな気がする。\(◎o◎)/
tak(高浜 豊)
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■2002年11月26日
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気がつけば11月も後わずか。もうすぐクリスマス、そしてお正月とあっという間の一年が過ぎようとしている。年をとるにつれ時の経つのが早くなるというが、ここ数年は特に早く感じられる。「光陰矢のごとし」というよりも「光陰ロケット砲のごとし」という気がするのも、あわただしく落ち着かない暮らしをしている故か。
昨日の夜もそんなことを考えながらテレビでニュースを見ていたら「スローライフ」という言葉が流れていた。「ファーストフード」へのアンチテーゼとして「スローフード」が注目されていたが、食べ物だけでなく暮らしそのものを見直そうということらしい。
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スローフードがその場所でしか味わえない食べ物を提唱しているように、スローライフとは、その場所や環境に根ざした暮らしを求めるということなのだろう。スローライフをおくるためのすまい、これを「スローハウス」と呼ぶならば、スローハウスを考えるためのヒントは場所に深く根を下ろした伝統的な民家にありそうな気がする。
折しも、8〜9月に行った三野町、東祖谷山村の民家調査のまとめの時期に来ている。これらの事例を参考に、ここしばらく「スローハウス」「スローアーキテクチャー」を考えてみたい。
kita(喜多順三)
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■2002年11月25日
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11月25日午前0時、エディットのメールマガジンVol.20を配信した。月に2回、15日毎に送り続けて10ヶ月20号。このメールマガジンは、開設以来毎月出している「エディット広場」(2002年12月で36号)のデジタル化を目的に始めたもの。現在の配信数は333通である。配信先は、エディット広場から移行してくれた知人友人も多いが、ホームページを見て申し込んでくれた人やメルマガの方から見つけだしてくれた人など、まったく面識のない方も多い。しかしそういう方も含めて、これだけ沢山の人に読んでいただけるのは、ほんとに有り難いことだ。
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そして我々からのメッセージが、みなさんの暮らしや住まいの何かのお役に立てればとても嬉しいことである。現在エディットからの通信は、このホームページとニュースレター「エディット広場」、それとメールマガジン「すまいとくらしのア・ラ・カルト」の三種類。それぞれに他では読めない記事などを載せ、送らせてもらっている。もちろんいずれも無料。ご希望の方がありましたら、
メールマガジンは、http://www.mag2.com/j/10/07/0001.htmへ、
エディット広場は、webmaster@edit-dw.comへ、どうぞお申し込みを。
写真は、昨日24日(日)のサロン・ド・エディットの様子。安藤忠雄さんの作品見学、大山崎山荘での集合写真です。
fun(笠井義文)
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■2002年11月22日
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毎週金曜日、4時半からエディットでひらたるんちゃんがお絵かき教室をやっています。だだいま生徒さんはひとりで家庭教師のようなもの。その彼女(高校2年生)、千利休の「守破離(しゅはり)の哲学」は知っているのに、利休もお茶も知らないと聞き、きょうは私も加わってお抹茶を点てて飲んでもらうことになりました。ちょっと心配だったけれど、興味をもってくれたようで、よかったー。お菓子は亥の子(いのこ)餅。
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ちなみに「守破離の哲学」とは、(わたしは知らなかったのですが...)千利休が新しい宮大工の棟梁に贈ったという短歌『規矩(きく)作法 守りつくして 破るとも 離るるとても 本を忘るな』から生まれた言葉だそうです。寸法を正確に測ることは大工仕事の基本だから、規矩の使い方は完全に身につけ、それを守らなければならない。それができるようになったら、次には伝統的な型を破る。型からまったく離れて名人といわれるような独自の世界を創造しなさい。けれども基本は決して忘れてはいけない。...というような意味だとか。『利休百首』という歌の最後の一首です。
yuu(笠井祐子)
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■2002年11月21日
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何回も日誌に書いているように、このところ神経難病や障害者の在宅環境を考える仕事が多い。福祉や医療の関係者ともお知り合いになる機会も増えてきたのだが、心ある人の話を聞けば聞くほど、建設業界と同じような利権の話や、行政とのなぁなぁのもたれあいの部分が見えてきて、ついつい腹を立てることも増えてしまう。特に徳島県は、某大学医学部にほとんどの病院が支配されている現状や、異常に大きな発言権を持つ社会福祉法人(の理事長)の存在があり、医療施設や福祉施設に頼った福祉施策がまかり通っている。国や他県の福祉の基本的流れは、ほぼ完全に在宅療養、在宅介護に方向転換しているのに、何としたことか。確かに、すべての高齢者を在宅で介護することは不可能だろうから施設介護を否定はしないが、高齢者本人の選択の機会が平等に与えられていないことが実は一番の問題点なのだ。むしろ施設は様々な新たな形が試みられ、昔よりははるかにアットホームな運営が行われるようになってきた。だからといって、自分の住み慣れた家で、自分の友人のいる地域の中で暮らしたいという選択に対する施策が不十分で良いはずがない。国はこの面でも様々な新機軸の政策メニューを打ち出しているのに、徳島県でフィルターを掛けられてしまっているのだ。私も徳島に来て早13年・・・、よそ者である私から見てこの徳島の保守性は、将来の県民の有り様を考える上でとても気になりだしている。
hon(本田圭一)
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■2002年11月20日
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毎日何かを続けることは難しいことである。体のためにと始めた、たった3分間の体操すら、いつの間にやら忘れられた状態。3日坊主とは、よく言ったものである。最近めっきり薄くなった頭に、毛髪剤を付けるのすら忘れ忘れである。もうこれを買ってきて、何ヶ月になるだろう。?おかげで、髪の毛は薄くなる一方である。まぁ、生えてくることはないにしろ、ちょっと抵抗してみよう。何でもそうであるが、続けることが大事なのである。継続こそ最大の力なり。
tak(高浜 豊)
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■2002年11月19日
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先週、ここで紹介した小松島市の商家の記事が金曜日の徳島新聞朝刊に出ていた。
「都市計画道路の路線が一部変更され、西野家の屋敷は保存されることになる見通し」という内容。苦労してまとめた調査報告書が功を奏したか。と思いきや、報告書ができたのが木曜で、その日は提出予定日、まだ手元にある。ということは、報告書の有無にかかわらず、西野家という商家の屋敷は保存されることが決まっていたことになる。
一体あの苦労は何だったのだ、とぼやきたくなるところだが、記事の内容を考えるとそんな思いは吹っ飛んだ。これまで「都市計画決定」されると、計画内容の変更は一切認めないのが原則で、数々の重要な建築物などが道路の新設や拡張に伴い、解体撤去の憂き目を見ていた。それが、近隣住民の要請に応える形で、計画変更をするというのだから、エポックメイキングな出来事である。
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昨日開かれた都市計画審議会であの報告書がどのように扱われたのかは分からないが、とりあえず一件落着である。
kita(喜多順三)
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■2002年11月18日
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週始めの月曜は何かとよく似た雑用が多い。なので日誌の内容がどうしても日曜のこととか、仕事以外のことになりがちである。ということで今回も来年の手帳のことなどを。
もうひとつの手帳「ほぼ日手帳」が届いた。なかなか手に入らないものらしいが、yuuさんのと2冊手に入れることができた。サイズは今年のものと同じだが、中身はかなり改良されている。改良点をいくつかあげると、年間カレンダー年間予定表がまとめて載せられたこと、アドレス帳が別冊になったこと、メモのページに細かくミシン目がはいったこと、笑える記事が増えたことなど。
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そしてなかでも嬉しいのは「日々の言葉」がほぼ毎日載っていることと、カバー閉じのボールペンが付いたことである。日々の言葉はいわゆる名言、教訓ものから独り言のようなジョークまで盛りだくさん。また、ボールペンはインクがにじみにくい3色ペンで、黒は2種類のペン先が用意されているといった気の使いようである。あと他に感心したことを2つばかり。ひとつは「個人的貸借一覧」というページ。小さなものの貸し借り。借りたほうは忘れているが貸した方は結構気にしているもの。その備忘録は人間関係にとってとてもタイセツです。もうひとつは「自分的十戒」のページ。「これをやるんだ」という一見ポジティブな誓いは三日坊主になりがち。でも「これだけはやっちゃあならねぇだ」はたしかに個人的な危機管理として守りやすいような気がします。糸井さん、さすがである。
fun(笠井義文)
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■2002年11月15日
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今週は水曜日に続いて今日、明日と3日も人形浄瑠璃の練習がある.....。
16日と17日に「阿波人形浄瑠璃芝居フェスティバル」があるためで、その特訓中? この催しは、徳島で活動している座がほとんど出演するお祭りのようなもので、毎年11月に郷土文化会館で開かれています。ことしは小学校から大学生まで、若い人たちもたくさん参加しているみたい。青年座も城東高校の邦楽部のみなさんと寿式三番叟で競演します。三味線に負けないようにと人形、語り、お囃子組もそれぞれがんばっているのです。今、郷文では県展もやっているので、行かれる方はちょっこっと人形浄瑠璃も見て帰ってくださいね。ちなみに青年座の出番は17日の9時すぎから。16日はゲスト出演として冨田人形共遊団のみなさんが、17日には人間国宝の鶴沢友路さんが出演します。
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yuu(笠井祐子)
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■2002年11月14日
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昨日のtakさんの「柔よく剛を制す」という内容の言葉、身にしみ込む。
人間がありとあらゆる事どもに立ち向っていくとき、
不安、焦り、恐怖など様々な感情が、
訓練や勉強に裏打ちされた自信というものを、もろくもうち砕く時がある。
まわりの期待、できて当然という思惑に、
現実は大いなる壁となって立ちはだかるのだ。
それでも人間は前進せねばならぬ。
そんな時、一番大事なのは自然体になること。
固くなるのではなく、どんな方向から何が来ても受け止める
柔らかい思考こそが自分を助けてくれる。
今日も自信をなくさせるようなできごとの数々・・・。
でも、明日はきっと新たな気持ちで再出発している、
そんな自分の姿を思い浮かべながら
今日は今日とて、夢の中に歩んでく。
hon(本田圭一)
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■2002年11月13日
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貴乃濱が行く
Vol.11で「取り戻せ日本建築、もっとがんばれ、日本の建築士たち」と書かせて頂いたが、今日、友達のホームページを見ていると、こんなことが書いてあったので紹介する。
『我が国最初の超高層・霞ヶ関ビルの設計は、約1300年も建ち続けている奈良・法隆寺五重塔(世界最古の木造建築で世界遺産)の「柔構造」を参考に設計された。また、最近では世界最長の吊り橋
・明石海峡大橋(主塔間1991メートル)は左右に最大30メートル、上下は1メートル
たわむ構造となっている。いわゆる「柔構造」だ。・・・・中略・・・・・所詮、動くものには動く構造で対処するのが一番である。
「柔よく剛を倒す」である。』
そういや、このEDITが始まった頃、柔構造の勉強で、東京まで鈴木教授の講演を聴きに行ったのを思い出した。力で対抗していると、もっと強い力でやられてしまう。人間も、建物も「柔」、が良いんでしょうねぇ。
tak(高浜 豊)
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■2002年11月12日
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今、ある商家の調査報告書をまとめている。
小松島市の中心部にあるこの商家、安政2年(1855)建築の主屋や明治20年代(1880頃)の蔵、離れ座敷などを有する豪邸である。今からちょうど50年前、都市計画により敷地の一部が道路となり、屋敷の顔であった長屋門や一部の座敷、蔵が取り壊されている。それでも、残った建物と新たに設けられた建物や塀などにより、風格のある屋敷が再現されていた。しかし、都市計画道路がまたもや敷地の一部にかかっており、今度は主屋を取り壊さなければならなくなるというので、取り急ぎ調査をすることになった。
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報告書はその商家の文化財としての重要性を訴え(重要文化財としての価値は十分にあると思われる)、都市計画の見直しの参考資料となることを目的にまとめることになる。
それにしてもである、屋敷の前の道路にはその商家の重要性を訴える看板が掲げられているにも関わらず(市の観光課のものと思われる)、看板のある道路を拡幅するために屋敷が壊されるような内容の都市計画、明らかに変だと言わざるを得ない。何となく、机上で地図を睨みながら定規で線を引き、都市計画道路が決定されている様が目に浮かぶ。
都市計画の変更の可否がこの報告書だけににかかるとは思えないが、思わず筆というかキーボードを叩く手に力が入ってしまう。
kita(喜多順三)
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■2002年11月11日
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まちづくりのコンサルタントをされている花岡さんからご案内をいただき、日曜の午後「港まちづくりコミュニティ・ビジネス&サービス講座」に行ってきた。場所は小松島みなと交流センターkocolo。主催はNPO法人港まちづくりファンタジーハーバーこまつしま。内容は講演とミニワークショップだった。今回の講師は兵庫県からこられた石井布紀子さん。阪神淡路大震災のとき、全国から集まったボランティアのお世話をされ、その経験をいかした活動をずっと続けておられるとてもパワフルでユーモアのある方だった(有限会社コラボねっと代表取締役)。
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講演内容もとてもわかりやすく勇気のでるもので、これからの小松島のために有意義なご提言をいただいたと思う。僕個人としても、エディットのこれからの活動にも、非常に参考になる内容だった。そもそもこのセミナーは、寂れてしまった小松島港をなんとか活気づけようという活動の一環で催されたものである。僕たちの小さな頃は、小松島港といえば島国徳島の海の玄関。阪神方面への唯一といってもよい出入口だった。港街の盛衰は、ある意味でしかたのないことだが、用がなくなったら忘れ去ってしまうというのではなく、みんなでちゃんとその時々の役割を担わせるという気持ちをもつことが、まちづくりにとって、とても大事なことなのだと思う。
fun(笠井義文)
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■2002年11月8日
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今年の4月から続けている写真講座。もう少しやりたくて後期も受けることにした。で宿題というか課題はコスモス。わざわざ写真を撮りに出かける時間はとれないので、仕事で外に出るときにできるだけカメラをもって行くことにしている。この日も確認申請の書類をもって建築住宅センターへ行く途中、道端のコスモスを見つけて、帰りにパチリ。う〜ん、むつかしいです。これより近くのレンコン畑の枯れた蓮の葉がカッコよかったかも....。
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yuu(笠井祐子)
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■2002年11月7日
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「ケアマネ」という言葉、お聞きになったことがあるだろうか。ケアマネージャー、正式には「介護支援専門員」という資格。高齢者や障害者の在宅介護の方法や手段、マンパワーなどを、その人の状況に合わせてケアプランに組む仕事を行う、いわば介護保険制度の中核的な役割だ。故に、めちゃくちゃ忙しい、なのにあまり金銭的には報われていないのが実状なのだ。日常の業務に追われる中で、住宅改善を行うために様々な情報を仕入れ、勉強し、時には私のような福祉住環境の専門家に意見を聞いて、業者の見積から工事の出来映えまでチェックして、それで1軒あたり3000円しかもらえない。こんな状況なので、ほとんどのケアマネさんは時間を割こうとせず、大概は何のチェックもなしに業者に任せてしまっている。そんな状況に業者もつけ込んで雑なプラン作成や工事を行うことが増え、最近県内でもトラブルが頻発しているのである。みんなが支払う介護保険料が、ケアマネさんの過重な役割と業者の儲け主義によって、結局有効な住環境の改善に結びついていない。地域で在宅介護を支えていこうという介護保険の謳い文句は何だったのだろうか。そんな中、最近日和佐で頑張っておられる一人のケアマネさんと知り合う機会があった。自分の役目の重要性を感じて、住環境にも熱心に取り組んでおられる方だった。難病患者のケースで相談を受けたのであるが、こういう人の存在を知ることはとても嬉しいことだ。また一人、ネットワークの輪が広がったような気がしている。
hon(本田圭一)
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■2002年11月6日
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夜遅く、中学校時代の同級生から、十数年ぶりにTELがあった。電話口で、学生時代呼ばれていたあだ名で呼ばれたのですぐに彼だとわかったのだが。何で今頃彼が・・・・、と思ったら、「何か手伝へる仕事はないか?」との内容であった。どうも、リストラされたようである。バイトでもなんでもよい、力仕事でも、何でもすると言うのだが?毎日ネクタイを締め、建築関係には縁遠い仕事をしていた彼には、とてもじゃないが勤まる訳がないと思い、気の毒ではあるが、お断りをした。長年彼が勤めていた会社は、だれもが知っている、○○○である。久しぶりではあったが、電話を切った後、何とも言いようのない虚しさにおそわれた。友達なら、「今度は楽しい話の電話をしてこいよ。」と言いたくなる。昔から、困った時だけ電話を掛けてくる困ったカレであった。
tak(高浜 豊)
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■2002年11月5日
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日曜日に結婚式があった。式場は神戸の異人館通りにほど近いガーデンレストラン、もちろんチャペル付きである。
チャペルでの結婚式に参列するのは2回目だが、今回は大役を任されていた。花嫁は私の姪、正確に言えば兄の次女にあたるが、兄が残念なことに7年前に亡くなっているため、父親役を任されることになった。チャペルでの結婚式で父親役といえば、バージンロードを進む花嫁のエスコート役。というわけで、バージンロードを歩くことになった。
バージンロードの歩き方、先ず左足を少し前に出し、次に右足を左足の位置まで、今度は右足を少し前に出し、左足をその位置までと、少しずつ進んでいく。まるで、父親が未練で後ろ髪を引かれ、嫌々前に進んでいるかのようにゆっくりと。
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今回の花嫁は姪だったので「良かったね、おめでとう」と晴れ晴れとした気分で歩くことができたが、これが自分の娘だと....最後まで歩けるかどうか........
kita(喜多順三)
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■2002年11月4日
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今年も来年の手帳を調達する時期がやってきた。以前にここにも書いたが、今年の手帳は「ほぼ日手帳」だった。来年はそれに加えて「邱永漢実務手帖」を手に入れた。どちらかを使うつもりだが、2つ併用で使ってもいいと思っている。この2つの手帳、中身は対照的だが、何か相通ずるものがある。考案者である糸井重里さんと邱永漢さんが互いに尊敬し合う友人であることがその理由かもしれない。また、お二人のとても柔らかい思考が共鳴し合っているからかもしれない。いずれにしても二人のファンとしては、少しでもその才能や発想にあやかりたいと思い欲張ってしまった。ところで、2冊の手帳を使うとなると、その使い分けを考えなければならない。
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今のところはとりあえず、「実務手帳」のほうに「遊び」の予定をびっちり書き込みたいと思っているところである(ちなみに邱さん曰く、人生を暗い方へ暗い方へと考えずに苦境もチャンスであると考える人が私の実務手帖を使う人です、とのこと。肝に銘じよう)。
fun(笠井義文)
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■2002年11月1日
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11月。急に寒くなってきて、着る服が追いつかなくて、毎日同じ服ばっかり着ているような気がする.....。はやく冬物出さなくっちゃ。
きょうから徳島駅前の森珈琲店で西山きんこさんのイラストとコトバ展「セッセと生きる・・・・・」が始まりました。カレンダー2003もあわせて販売しています。きんこさんファンの方はぜひ。美味しいホットサンドやハーブティーもお薦めデス。30日まで。
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もうひとつ、きょうからスタートしたのが(株)アークホームさんのホームページ。プロジェクト・ボンとして土地探しから家が完成するまでを紹介している中澤邸を施工した会社です。また中澤夫人のお勤め先でもあります。という訳で、中澤邸の写真が楽しいコメントと共にたくさん見ることができますので、ぜひご覧ください。
yuu(笠井祐子)
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[↑エディット日誌TOP]
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【これまでの日誌】
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