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家づくりの名言
2009.4.25更新
費用が安くなり、楽しみも増え、自分にとって何倍もの価値になることを知りました。HAVEよりもDOという訳です。チェンソーで丸太を削っているとき、筋肉のひとつひとつがプチプチと喜んでいるのが判ります。一日かかってやっと一段の丸太を組み上げたときの充実感を僕は他に例えることができません。
 
(清水国明/タレント)

日本の社会は僕たちが考えている以上に成熟期に入っているようです。成熟期というのはいわば老年期に入ったということ。若いときのように情熱や勢いだけでは進めない。しかしそれは希望がないということではありません。

家づくりをHAVEからDOへ。これは成熟期に入った社会のひとつの合い言葉になるのかもしれません。専門非専門を問わず、領域を超えて、それぞれの持ち味を出しあう。眠っている才能や資産のスイッチをONにする。それって、ワクワクすること、と思われませんか?

笠井義文

2009.4.10更新
大半が苦情の連続だ。文句は言葉になりやすいが、「アー良い空間で嬉しいな」の楽しさは言葉になりにくいからだ。そう考えて自分で自分を励ますようにしている。しかしながら、文句苦情の類が多過ぎるにしても住宅設計を介しての依頼主との付き合いは具体的で新鮮な刺激に富んでいる。教えられることも多い。時には親戚以上の付き合いになるし、一生の友になることだってある。
 
(石山修武/建築家)

設計から施工、そしてアフターケアーまで、家づくりとはまさに人と人との付き合い、人間関係の営みです。だから、そこには当然礼儀やルールがある。お互い気持ちよく尊重し合いながら、モノとしての住宅が創られていく。

そのようなことは、昔の人たちは分かっていました。いまは「人」が見えなくなってきています。誰がどうやってモノを創っているのかが分かりにくくなっている。つまり新鮮な刺激、教えられること、親戚以上の一生の友に出会えることが少なくなっているのです。

笠井義文

2009.3.25更新
家は使っていないとダメになる、とはよく言われることで、それはいうまでもなく窓や扉は開け閉めしてこそ調子が良いし、家は風を通し掃除もしなくては・・・などという物理的理由が大半であろうとは思うけれども、毎日感謝しながら使うこと自体が家に心理的?な好影響を与えているのではないか、と想像することもできなくはない。
 
(玉村豊男/エッセイスト)

「家にも心がある」などと言うと、ちょっとオカルト風に聞こえるかもしれませんが、この世に存在する全てのものが宇宙の構成要素であるということを考えると、それらが同じ法則や物質から成り立っているという仮説も、あながち奇想天外なことではないでしょう。

現代人は機械や物質を盲信しているところがありすぎるような気がします。家は物質には違いありませんが、住む人の気持ちによって生き生きもするし、死んでしまうこともあります。そういうことを考えると、家の価値とは物質的なものだけでないことは、明らかだと思うのですが。

笠井義文

2009.3.10更新
「サヴォア邸」を訪れたのは五年ぶりくらいでしたが、やはりあの住宅は特別な存在ですね。人間が入って一時の饗宴を始めた途端、機能を終えたはずの住まいが実に瑞々しい表情で生き返って見えました。何度見ても新鮮な感動がある、時間を超えた住宅建築の傑作です。
 
(安藤忠雄/建築家)

数年前に初めて「サヴォア邸」を訪れました。本や教科書などでは幾度も見ていましたが、やはり本物に近づく時には胸が高鳴りました。そして建物の中では時間を忘れて写真を撮りまくっていました。

近代建築の理論教科書のようなこの住宅は、頭だけで創られているように思っていましたが、実際に触れてみると、なんとも「人間くさい」感じがしました。20世紀を代表する大建築家も、我々と同じようなところで悩んだり、面白がったりしていることが、嬉しい発見でした。

笠井義文

2009.2.25更新
ひとつ声を大にしていいたいのは、屋根の上や門扉、バルコニー、外壁など、都会暮らしにも積極的に緑を取り入れる工夫を、ということだ。夏場、葉の一枚一枚が小さなクーラーの役割を果たしてくれる。日中は酸素をどんどん送り出してくれる上、見た目にも美しい。四角いコンクリートの箱も、周囲に緑を加えただけで見違えるように快適になる。
 
(C・Wニコル/作家)

住宅だけの敷地に木を植えただけでその建物は見違えるほど良くなる、とはよく言われること。これは、木が建物の七難隠す、という意味もありますが、人工的なものと自然のものとの組み合わせが、見ている私たちに安心感を与えるからかもしれません。

樹木は何十年もかけて二酸化炭素を固定化し、それが建物などに長く使われることによって更にその放出を防いでいます。人間たちの身勝手がまねいた地球温暖化を樹木が防いでくれているのです。そんな緑に感謝しつつ、日々の生活に取り入れる工夫を、もっとしたいものですね。

笠井義文

2009.2.10更新
茶室を作るのに榎本さんはあまり注文をつけなかった。「上手くできなかったら、もう一つ別に作りますから」と言うだけだった。この科白は設計者への殺し文句だ。若かったわたしもそれで全力を尽くした。
 
(石山修武・建築家)

「原稿(もの)書きはほめ言葉で生きている」石山さんが敬愛する故山本夏彦さんの名言です。また石山さんは山本さんを評して、「すごい人は平気で下まで降りてくる」とも言われていました。忘れられない言葉です。

殺し文句。それは人を奮い立たせる言葉。この人のためなら死ぬ気で頑張ろう。ほんとにそう思えたなら、人は幸せです。その幸せを人に与えられたなら、これも無上の幸せ。設計者はほめ殺すに限ります。

笠井義文

2009.1.25更新
赤瀬川さんが「子供の頃、自分ちには勉強部屋も階段もないのが悔しかった。でも大人になって、自分ちの居間が三丁目にあって、階段が街はずれにあって、便所が隣町にあってもいいじゃないかと思い始めた」と言ったんです。つまり、家の機能が街の中にバラバラに散らばっていて、みんなが街をザワザワ移動しながら暮らしていると面白いと。
 
(藤森照信・建築史家/建築家)

いまワークシェアなどということが話題になっています。いろんな事情があってなかなか実現しないようですが、基本的に物事を分け合うというのは大切なことだと思います。それは、限られた資源や財産のなかで、個々の持ち味や長所を生かし合うという意味においても。

住まいにもいろんな特長や持ち味があります。それを尊重するということは即ち、いろんな「個性」ができるということですが、それが一住宅を超えて共有、シェアされるとすれば、更に面白いことになるのではないでしょうか。便所が遠いというのはちょっとたいへんでしょうけど・・・。

笠井義文

2009.1.10更新
思えば私たちは、欧米に追いつき追い越せで頑張るためには、ムダを省き、少ない資源とカネを効率よく使い、高度成長にかけなくてはいけなかった。その当時は、選択はそれしかないと思っていた。しかし今、お金持ちになったけど、豊かな感じがしない。それは効率のために捨て去った「ムダ」の中に豊かさがあった、ということなのではないだろうか。私の終のすみ家はもう少しムダのある家がいいな、と思っている。
 
(大屋映子・ジャーナリスト)

アメリカ型の資本主義マネーゲームが終わりを告げようとしています。そのアメリカに追随してきたことが全て悪かったとは思いませんが、日本の良さをも失ってきたことは確かだと思います。これからはアジアの時代、21世紀は日本の世紀だとも言われています。

これからは日本人が世界にどう貢献していけるのか、何を伝えていけるのかを真剣に考えていかなければなりません。日本文化の良さは住まいの中にもたくさん残されてきています。一見「ムダ」のようなものにも合理性や豊かさが隠されています。まずはそれらを再発見するところから始めたいですね。

笠井義文

2008.12.25更新
これまで老体に鞭打って頑張ってくれていたのが、家を建て直すということで、気が抜けたのかもしれない。あー、自分の役目は終わったんだ、と家自体が自覚したのだろう。そう思うと何だか切ない。二十年間、この家に守られてきたことを思うと、お家さん、ありがとう、と心の底から言いたい。
 
(阿木耀子・作詞家)

これは阿木さんが家を建て替える際、そうと決まったとたんに古い家のあちらこちらで故障や不具合が出てきた時のことを語ったものです。時代や時の流れによって終わらざるをえないものがあります。会社、住宅、そして人。

寿命はなににでもあるものですが、自分の使命を自覚して納得のいく終わり方ができれば幸せです。またそれには、周りの理解や思いやりが不可欠。感謝されつつ、大事にされ、時期が来れば天寿をまっとうする。そのような家と、一生つきあえることができれば、最高ですよね。

笠井義文

2008.12.10更新
ツイている家、それは人が集まる家。繁栄はその家の中に居る人々がつくるものだと思っている。その後建てた家には人が何時きてもリラックスするよう設計してもらった。それは、居間を応接間とは区切らず両方を併せ広く取っている。何故ならば日頃家の者が使わない応接間に客をあらたまって招いても生活の暖かさが伝わらないからである。
 
(はかま満緒・放送作家)

はかまさんの家には、しょっちゅう芸人の人たちが集まっていたといいます。そしてそこから沢山の笑いのネタが生まれ、一流芸人が育っていったのです。人が集まる家はツイている家。福が舞い込んでくる家です。

もちろん、その家に人が集まるのは主や家族に魅力があるから。それが第一の条件ですが、客を招き入れる部屋や家のつくりも重要な要素。「生活の暖かさが伝わる」というのがキーポイントになるんですね。

笠井義文

2008.11.25更新
たしかに、家へ帰ると、いくらかは外の社会を離れて自在にふるまえるよさがある。ただし、塀に閉ざされた内部だけで、庭の花を自分だけで楽しむというのでは、閉ざされすぎる。道を行く人がふと目にとめて、心を楽しませるぐらいのほうが、庭の花にはふさわしい。
 
(森 毅・評論家)

プライバシー、個人情報漏洩への異常な神経の使いよう。また、昨今の殺伐とした事件への極度の警戒感の高まり。「人をみたら・・・と思え」。「戸締まり用心・・・」。住宅はますます閉鎖化、要塞化していこうとしています。

かつての日本の住まいは、なぜあんなにオープンだったのか。温暖な気候が外界からの断絶を必要としなかったこともありますが、もっと大きな要因は、安全性の高さにあったのではないでしょうか。安全性は「人」が作りだす。住宅の形も人が作り出すのです。

笠井義文

2008.11.10更新
ある建物が感動的であるとしたら、なぜだろうか(感じてみた上で)考えてみる。分析してみる。裏にある哲学を理解する。そしていま、自分のしている方法がその線上にあるかどうか比較してみて、乗っていればその線上でどこまで近づけられるかを具体的に考える。
 
(宮脇 檀・建築家)

ここ何年か大学生にむけて建築設計の講義を行っています。その時に一番伝えたいのが上記のこと。人は日頃、よほどの専門家でもない限り建築のこのなど考えてはいません。なのでそれに無関心なのはしかたのないこと。

でも一度自分の心が揺り動かされる経験をしたならば、それがどうしてなのか、誰がそういうことを意図したのか、なぜそうしたかったのかなどなどの、ものづくりの「哲学」に踏み込んでみる価値は十分にあります。そしてそれを自分もやってみたい、と思うようになれば、きっとその世界の住人になれるのです。

笠井義文

2008.10.25更新
私は建築家になって良かったと思っている人種でございます。それにはいろいろ理由がありますが、一つには人の為の仕事が出来るということと、人の役に立つ仕事が出来るという事です。自分の欲得でやる仕事はどうしても年をとると疲れますが、人の喜んでくれる仕事をやるということは、非常に快適なもので幸福に思っています。
 
(吉村順三・建築家)

物をつくる情熱というのは、とても貴いものだと思います。しかし、その情熱の出所は人それぞれ。また、同じ人でも年を取るにしたがって変わってくることもあります。

人の為の仕事、人の役に立つ仕事という意識は、その情熱を支えてくれる大切な要素です。特に建築や住宅の設計では、そのウエイトが大きいように思われます。ただしそれはけっして自分を人に埋没させてしまうことではありません。むしろ自分を生かし通すことで、人に喜んでもらうことができなければ、「なって良かった」と思える職業にはならないでしょう。

笠井義文

2008.10.10更新
空間としては、夫婦2人の快適な距離感と、人が集まれる広さがあるって奥様はおっしゃっていて、これから未来を開こうという2人の未知のスペースという感じがしました。このワンルームが、無の場というのでしょうか、ガランとしている抽象的空間は、私のよく言う「ガランドウ」という考えに繋がっています。
 
(長谷川逸子・建築家)

「ガランドウ」という言葉には、何か未知の無限の可能性のような魅力的な響きがあります。「これから未来を開こうという2人の未知のスペース」という表現にも、何かわくわくする将来の夢や希望が感じられます。

人は大なり小なり表現せざるをえない生き物だと思います。ガランドウの空間をどう住みこなすのか。そこから何を作っていくのか。それは住まい手にまかされています。それに対して、究極の「ガランドウ」をつくることが、建築家の使命なのかもしれません。

笠井義文

2008.9.25更新
年をとったら田舎に引きこもって植木でもいじって暮らすのが理想だとその頃の年寄りの多くが考えていました。いま考えて見ると、あの頃の年寄りはもっとずっと早く死んでいて、今日ほど年をとってもまだ生きている人たちが少かったのです。本当は年をとると人間はいよいよ淋しくなって、人のいないところに行って住むことを嫌います。
 
(邱永漢・作家)

暮らしというのは、暮らす場所、暮らす家とともに一緒に暮らす人が大事。田舎に引きこもって植木でも・・・と考えていた人も恐らく大切にしてくれる家族や可愛い孫と一緒に、という注釈がついていたに違いありません。

しかしそれが叶わなくなってきたいま、淋しさを嫌う人たちはどこで、誰と一緒に暮らすかを真剣に考えるときが来ているように思います。そして、その時にいちばんふさわしい家とはどういうもの(住まい方に合った形や規模、設備など)なのかも同時に考えなければなりません。

笠井義文

2008.9.10更新
昔例えば子供のとき図画工作をやって粘土で遊んだりいろいろ作ったでしょ。ああいうのはみんな素人。だから実は「素人っぽさ」っていのは最初はだれの中にもあって、それを克服すべくトレーニングされるんだけど、きっとあらためてその「素人っぽさ」を見たときに、だれでも懐かしさを感じるんですよ、建築家も。
 
(藤森照信・建築家/建築史家)

「こんな絵だったら自分にも描けるかもしれない」。キュビズム以降のピカソの絵をみたとき、誰もが一度は思ったのはず。でも実際は無理なんですね。素人が素人っぽい絵を描くのと、プロが素人っぽい絵を描くのとには、根本的な違いがあります。

しかし、藤森さんも言われているように、誰もが初めは素人であることも事実。トレーニングを積みながらプロになっていくわけですが、それはある意味、自分を型にはめる、考えを固定化してしまうということでもあります。素人の無邪気で自由な発想をプロの知識や技術が支えるという中に、良い家づくりのヒントがあるように思うのですが。

笠井義文

2008.8.25更新
昔のものには建築に限らず非常に品があった。例えば、法隆寺とか桂離宮のような古いものには品が備わっているでしょう。やはり本当にいいもの、品のあるものは、「必要なものだけ」で構成されていることが多い。
 
(吉村順三・建築家)

国家も女性も建築も、「必要なものだけ」で構成されるものには品格が備わっている。言い換えれば、そこには無駄なものがないということ。しかし、必要か必要でないかは、一度手に入れてみなければ分からないこと。

いつのまにか日本は、世界で一番金持ちの国のひとつになりました。そこには物が溢れ、必要と思われる物はほとんど手に入って、不必要なものも氾濫しています。だからこそ今、「必要なものだけ」が分かる時代になったのかもしません。私たちの品格が問われるのはこれからです。住宅も。

笠井義文

2008.8.10更新
してみると、実費としての設計監理料の三倍でも不足という数字が浮かんでくる。これだけ出してもやってほしいという施主はおそらくいまい。それを全部奉仕の形で拠出していては喰っていけないとすると、あらかじめ3段階か4段階ほどの設計監理料を定めておいて、どの程度のエネルギーを使うかを施主と納得づくで定める必要があるのではなかろうか。
 
(西澤文隆・建築家)

西澤さんがご自宅の設計をした際の言。設計監理料というのは常に建築家の頭を悩ましていることでしょうが、なかなかここまでハッキリとは言えないものです。特に小規模な建築(住宅)になると、かけるエネルギーに報酬が見合っていないということをほとんどの建築家が痛感しているはず。

そのようななか、建築家に本来の実力を発揮してもらい、十二分なエネルギーを投入してもらうには、やはり相手を認め、自分の気持ちを素直に伝えるしかありません。決して、「はやくやすくしてください」などと言ってはならないのです。

笠井義文

2008.7.25更新
必要なときに、必要な数だけ取り出して使える日本の座ぶとんは、昔の人々の残してくれた素晴らしい生活用具だと思います。美しい日本座敷の簡潔な魅力は、座ぶとんなしには、考えられないと思います。
 
(吉村順三・建築家)

畳の広間、続きの和室などは、いまの住宅からほとんど姿を消してしまいました。これは人々の嗜好の変化もありますが、家というものの「見方」が変わってきたことに起因するところが大きいと思われます。

床面積や収納スペースの確保が最優先されるなか、祭事や接客をすることだけに使われる和室を持つことは、それだけでとても贅沢なこと。しかしその贅沢があることこそが「家」だという考え。それは、忘れられた「日本のこころ」であり、そこで融通無碍に使われる座ぶとんは、その象徴なのかもしれません。

笠井義文

2008.7.10更新
私には郷里の風景への想いからアートをはじめた経緯がある。高度成長期に実家の周囲の田んぼが何事もないように埋められた。<私の風景が失われた>。まさにそうだった。私にとっては、自分と世界がつながっていると感じられる時間と空間、その具体的な場所と風景だった。
 
(たほりつこ・アーティスト/東京芸術大学教授)

たほさんの郷里は徳島。「青い山端に囲まれ、豊かな水を約束されて広がり、季節や時間と共に刻々と変わる。一日の終わりに帰るところであり、自由に遊んだ場所でもあった。」というたほさんの記憶の風景は、私の幼い頃の風景とも一致します。

失った風景を取り戻すことはできませんが、これから家をつくり、そこで住み、育っていく人たちにとっては、いまの風景が将来の記憶の風景になります。そういう意味で、家をつくるということは、未来の記憶をつくるということにもなるのではないでしょうか。

笠井義文

2008.6.25更新
住まいをつくるというのは、暮らし方をつくるということ。だから、家そのものだけで終わらないんです。住んでいる環境、ご近所つきあいなど、自分が歩く範疇はすべて住まい。だから住宅設計というと、グリーン計画から、ひいては何十メートル先まで設計エリアということになりますね。
 
(小井田康和・建築家)

これは、隣近所まで全部自分が設計する、という建築家のエゴの話ではあありません。住まいをつくるのは、暮らしをつくるということ。その暮らしは、一つの家だけで行われるのではなく、その周辺もふくめたエリア全体で営まれる。したがって、それら全体が大切なのだという意味です。

ある家が道路に面したところに小さな空き地を設け、木を植える。それを見たお隣が同じように木を植える。何年かして、それらの連なりが豊かで気持ちの良いグリーンゾーンを作る。といったこともそのほんの一例です。

笠井義文

2008.6.10更新
長寿というのは非常におめでたい話であって、決して惨めなものではないんです。だから建築家にもぜひ、おおらかに設計してもらいたいですね。ただ、言われるからするとか、喜んでもらうためにするとか思わないでほしい。生命保険に入っているようなもので、そのお世話になるよりも、お世話にならずに一生過ごせる方が、もっと喜ばしいことなんです。
 
(吉田あこ・建築家)

これは高齢者のための住宅設計、特に手摺りを付けたり、段差を無くしたりするという所謂バリアフリー設計のお話しです。使いやすさや安全性などを高めると、往々にして露骨なデザインになりがち。ですからデザイン重視?の建築家からは敬遠されることもあります。

しかし、機能性や安全性を確保しながら、その場に相応しい素材や形態をつくり出すのが、本来のデザインであるはず。それらを包み込むような「おおらかさ」がデザインの豊かさなのですね。

笠井義文

2008.5.25更新
アテネのパルテノンから始まって、ライトの落水荘、カーンのソーク研究所に至るまで、名建築といわれるものは、まさにその土地から生えてきたような強さをもっていて、私たちに感動を与えてくれたという記憶のほうが強い。いつもそんなことを感じているから、私の設計作法の第一は、まず土地を読むことから始まる。
 
(宮脇 檀・建築家)

家を設計するときはまず、これからその家が建てられるであろう土地を訪れ、この土地にこれから何十年かあるいはもっと長く家が立ち、そして暮らしが続けられるのだ、ということを想像します。そして、家もそこで住まう人たちも健やかに過ごして欲しいと願います。

「感動を与える」というのはおこがましいですが、少なくともそこに存在しつづける家と暮らしをこれから形にするという緊張感は、いつまでたっても感じますし、忘れてはならないことだと思います。

笠井義文

2008.5.10更新
下階から上がりきると、左手に台所があり、振り向くと初めて居間が見える。初めて訪れた人々はこの振り向いたときの光景が忘れられないという。また居間にいる人にとっては、来訪者と顔を合わせるまでに適度な「間」がもてる。
 
(吉村順三・建築家)

別名「小さな森の家」と呼ばれる、軽井沢の吉村山荘のお話しです。この建築は住宅ではありませんが、別荘としてのその居住性は絶賛されていて、多くの住宅設計者たちのお手本になっています。

その建物を訪れる人への配慮、ちょっとした驚き、感動の演出。迎える人と来訪者との「間」などにもさりげなく気を配った設計術。一般住宅にもぜひ取り入れたい手法ですね。

 

笠井義文

2008.4.25更新
わが国の住宅から伝統が途絶えて久しい。これは、1945年、日本が戦争に敗れ、心の支えを失ったからかもしれない。日本の戦後は、戦災で焼失した住宅の大量供給から始まった。その手段を選ばない「新築至上主義」がエスカレートして今日まで続いている。
 
(降幡廣信・建築家)

人社会の経済状況と建築とは、切り離せない関係を持っています。特に大型施設や商業建築は、質量ともに直接影響をうけます。戦後の急速な経済成長がビルブームや巨大都市を生んだのは誰もが知るところです。

住宅のスタイルはそれほど経済状況に影響されるものではありませんが、資材の高騰や公共投資などと無関係ではないでしょう。昨今の社会不況下、「新築至上主義」は影を潜めつつありますが、これは、自分に相応しい家をじっくり造ることができるようになった、と歓迎すべきことなのかも知れません。 

笠井義文

2008.4.10更新
家づくりの過程では、よく「業者にダマされないように」ということを口にする。ところが一番の難物は、自分自身のイメージの中に巣くった「他人の生活」。つまり「となりの芝生」のイメージだ。とくに外国から輸入された「洋風生活への憧れ」が危ない。
 
(藤原和博・杉並区和田中学校校長)

人にダマされないように、と考える前に、自分の固定観念、先入観にダマされないようにしましょう。となりの芝生は良くも悪くも見えるもの。でも、それはやはり我が家の芝生ではありません。という教訓。

家づくりはその人の生き方を示すものでもあります。他の人と同じような生き方がしたいのであればそれもよし。違うものを求めるのもまたよし。ただ大切なのは、そのことを一度自問自答してみることです。一番の難敵は、あなた自身の思いこみなのですから。 

笠井義文

2008.3.25更新
ディテールは究極としては原寸の世界の話なのだが、原寸だけがべらぼうに良くて、全体はアウトという建物がひとつもないという事実。つまり、良いディテールを持っている建物は必ず全体のコンセプトなり、構成が確実にあって、その基本概念を受け、細部までフォローするものとしてディテールがある。
 
(宮脇檀・建築家)

ディテールとは、建築や住宅の細部の納まりや仕上り、精度などのこと。これは長い歴史の中で淘汰されてきた職人技の世界であり、専門家でもなお難しい領域のお話しでもあります。

見た目の美しさに加え、強度や耐久性、機能性、メンテナンスのし易さなど多くの要素を持ち、それをかなえるためには確かな目と腕が必要となる。そして、それがきちんとできている家は、全体としてもよく考えられた良い家である。ということですね。

笠井義文

2008.3.10更新
建築はエレクトロニクスを駆使した時代の先端をいくような技術と違って、素人や常識の延長線上でつくられているところにこそ特徴がある。そこがロケットやエレクトロニクスにはまねのできないところです。
 
(藤森照信・建築家/建築史家)

「超高層ビルや高速道路ができた今も、昔と変わらず人間は同じ歩幅出歩いている」とはある建築家の言葉。時代とともに高度になっていく技術とともに、私たちは変わらないものも持ち続けています。

建築、特に住宅は、「同じ歩幅」で歩き続けている人々が生活をする大切な場所。だからこそ、素人的な考えが活かされ、常識的な判断が求められているものなのですね。

笠井義文

2008.2.25更新
「モノを絞ってすっきりと気持ちいい環境のなかで効率的に仕事をしたい」これが僕の“空間”の整理を行ううえでの大前提になっています。整理がきちんとできれば、自分が把握していなにものがいっさいない、クリアな状態になる。そうすれば仕事の効率も上がるし、リスク回避にもなるのです。
 
(佐藤可士和・アートディレクター)

可士和さんは、仕事をするうえでも生活をするうえでも「整理術」が大変大切であると言われています。何かをしようとするとき、頭の中にはいろいろな発想やしたいことが浮かびますが、なかなかそれを整理して行動できないもの。

住まいの設計においても同じ現象が起こります。自分のしたいことやしなければいけないことが未整理のまま事が進み、後で後悔することも多々あります。「超整理術」は、住まいを考えるうえでもとても大事な知恵です。

笠井義文

2008.2.10更新
ついの栖を建てるには四千万円を必要とすると考える。そこでその計画を中止して、五百万円を3DKの内装に投資する。・・・・・千五百万円で山の中に土地を買い、小舎を建てる。アパートで余った家具類をそこへ持ってゆく。土曜日と日曜日は山小舎で暮す。これでも二千万円は余ることになる。これは妙案だと思うが、やはり、実行した人は一人もいない。
 
(山口 瞳・作家)

人は慣例や習慣に縛られるもの。これまでは、ついの栖を建てることが人生の目標のように思われてきました。しかし、それをあたりまえとしてきた時代は終わったのかもしれません。

まず自分のライフスタイルを確立する。そしてその環境づくりとしての家を考える。家を持つことは目的でなく一つの手段。都会の生活と山の中での暮らしを両立させるためにあえて家を持たない、ということも、立派な「家づくり」といえるのではないでしょうか。

笠井義文

2008.1.25更新
作る途中のプロセスに一切関われないで、それでも愛情を持てとか、大事にしろとか教育されるのは酷な話だ。「オレは数学が好きだったから、おまえも数学が好きになれ」という横暴に、どこか似ていはしないだろうか。
 
(藤原和博・杉並区和田中学校校長)

家をつくるひとたちはおそらく全員、住む人たちが愛情をもってその家を大事にしてくれることを望んでいます。しかし残念ながら、そうなっていない状況もしばしば見うけられます。これは、つくる側の人たちが「数学」の意味や楽しさを、住むひとたちに十分に伝えていないからではないでしょうか。

「数学が好きになれ」という強制はいただけませんが、「数学は楽しいよ」ということを語り、それに共感を得てもらうことは大事だと思います。そして、そのためには、両者が「プロセス」を共有することが必要なんですね。

笠井義文

2008.1.10更新
人々はこの根拠地を得てはじめて、社会の中に生活も可能となるのであり、平和な世界となると私は考えたい。されば、逆に社会にとって、最も大切なのは、人々がよりどころとする彼らの住居を与えることである。物質的な場と人間的な関係とを。
 
(吉阪隆正・建築家)

我々は日頃、住居と平和とを結びつけることはあまりないでしょう。しかし、世界には平和も住居も無い生活を強いられている人たちがたくさんいます。このことを肝に銘じることも、自分たちの住まいを考える上での大切な心構えではないでしょうか。

そして、平和のためのよりどころである住居にとって、「物質的な場」だけでなく「人間的な関係」を獲得することがいかに大切かは、昨今の多くのニュースが知らせるところです。 

笠井義文

2007.12.25更新
家はいくら間取りを変えても、自分の生活に合わない場合がある。その時は、環境を変えるしかない。一生住む「箱」をつくるのが家ではなく、その時代のその生活水準に立って選べる家に住む。そして、また次の家に移っていくといったや「やどかり式」の住まいの方式になるのではなかろうか。
 
(黒川紀章・建築家)

黒川さんの三十数年前の言葉です。その頃は、高度成長、建設ブーム、団地に住み、やがては郊外に一戸建てというのが、都市のサラリーマンのお決まりのコースでした。しかしそういった画一的な家への志向に早くから異を唱えた気鋭のひとりが黒川さんでした。

経年の変化によって社会状況や家族が変わり、転居や移動を余儀なくされてからやむなく居を構えるより、自分から能動的に環境をかえていくという考えは、30数年の時を経て、いままさに時流を迎えているように思います。

笠井義文

2007.12.10更新
建築家によっては、依頼者に甘言を弄する者も、いるような気がする。意匠面の斬新さだけではなく、生活面の快適さもうけあいましょう、と。まあ、なかには例外中の例外で、それを両立させてしまう建築家も、いるのかもしれない。だが、こういう甘い言葉は、まあ信用しないほうが無難だろう。
 
(井上章一・国際日本文化センター教授)

井上さんは、若い頃に建築の設計を学ばれています。なので、これはご自分の体験からの実感としての言葉。建築家と依頼者の間には、「そこまで言ってしまうと百年の恋もさめるのでは」というホンネもありますが、逆に裏付けのない甘い文句もあるように思います。

それらをうまく理解し合うことが、あとでお互い後悔しない秘訣となるでしょう。一般には、「そこまで言いますか」という人が誠実だと思われますが、それにもやはり例外はあるようです。

笠井義文

2007.11.25更新
家にいま残っているものは何かというと、家族みんなでそろって食事をすること、これがとても大事じゃないか。ですからぼくはわりあいにその場所を家のセンターに置くんです。あとはそれに付随して広々とした部屋、広い居間があればそれに越したことはありません。
 
(吉村順三・建築家)

縄文時代の住居やパオのようなものをみても、家の中心は食事の場所になっています。古今東西食事をしている人たちはみんな幸せな顔をしている、とはワタミの渡邉美樹さんの言葉。
   
家族が笑顔でそろってする食事の時間と空間を大切にすることは、もちろん住まいや家族を大切にすることにつながります。そういえば人間は食い溜めができません。頻繁に食事をしなければならないことと、家族の幸せとには、深い関係があるのかもしれません。

笠井義文

2007.11.10更新
クライアントに一室空間的な「箱の家」を提案することは、煎じ詰めると家族が一体であるという家族幻想を提案しているわけです。これは進行する家族の解体という現象に抵抗しているというか、明らかに現実に適合していないわけだから、社会学的に見れば間違いということになるかもしれない。
 
(難波和彦・建築家)

幼い頃の体験としてよく話題にのぼるのが、台風の時のことです。日頃は別々の生活をしている家族が、その時に限って一緒に行動を取り、みんなで天災に備える。そして一部屋に集まって時が過ぎるのを待つ。その時のなんとも言えない一体感が懐かしく思いだされる、というものです。

ひとつの空間に家族が集まり、家族として何か(他者・社会)に対するという行為が、たとえ幻想であっても、社会学的に間違っていても、家族の絆を繋ぎ止めることができるのであれば、それは素晴らしいことでしょう。家にその一役を担わせるのは、創るものの使命かもしれません。    

笠井義文

2007.10.25更新
いまではこれだけ経済的に豊かになったのに、「住まう」という面では、残念ながら相当意識が後退していまった。住宅を語ることを庶民の教養とする蓄積がない。だから、ことさら国として教えることもない。はなはだ寂しいが、いまの日本はそういうレベルだ。
 
(藤原和博・杉並区和田中学校校長)

よく言われることですが、昔はこまめに掃除をしたり、年末には畳をあげたり、台風の時期にはあらかじめ補修をしたりと、みんなが家の世話をよくしていました。それだからこそ、家に関心もあったし、愛着も生まれたのでしょう。

そういえば、家族の会話のなかにも、家のことがしばしば出てきていたように思います。そしてそれが、一般庶民の「教養」につながっていたのですね。メンテナンスフリーで、家に手をかけなくしてしまったことは、逆に「教養」をなくしてしまうことに、手を貸してしまったのかもしれません。

 

笠井義文

2007.10.10更新
採光がほどよく、椅子が机やからだにぴったりで、壁も文句なく、静かきわまるものだったら、アイデアは何ひとつ浮かんでこないであろう。未来小説には、みちたりた完全な社会のなかで、人間の退化する話がよくある。それと同様に、住宅の場合も、精神的刺激のためにいくらかの不満を残しておくことが必要なわけであろう。
 
(星 新一/作家)

世の中には、およそ使い勝手を無視したような住宅もありますが、それも、「精神的刺激」のためには、案外役に立っているのかもしれません。目先の快適性をもとめるだけでは、退屈な住宅になってしまうのも確か。「不便は承知だが、私はどうしてもこういうふうにしたい」という気持ちは、魅力ある家づくりにとって、とても大切な要素です。でも、自分も含めて、そう言いきれる人が極めて少ないというのも事実ですが・・・。

 

笠井義文