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家づくりの名言
2004.9.25更新
設計にあたっては、まず初めに手がかりを探し、それを中心に場を造っていきますが、その手がかりの多くは敷地にあるようです。どんな状況でも、土地が「ここに建ててよ」と言っている場所があるんです。。
 
(永田昌民・建築家)

建物を建てる土地には、ひとつひとつ個性があります。これは新興の造成地でもそうですし、古い街などではなおさらです。個性は、その敷地自身が持つものと、周りからの影響によってつくり出されるものがあり、これはちょうど人間の個性とよく似ていますね。

家を考えるとき、家の個性ばかりに関心がいきがちですが、敷地の個性との相性もとても大切です。敷地をよく読み、お互いの個性の良いところを高め、悪いところを補い合わなければ、いい住まいにはなりません。

笠井義文

2004.9,10更新
佐藤功一先生が、よく言われてました。諸君、甘く考えてはだめですよ、頼む人はみんなイメージがあるんだ、ただそれを表現する方法を知らないから、任せると言っているんだと。それは、まったくその通りで、やっぱりイメージはあるんです。
 
村野藤吾・建築家

村野氏といえば日本を代表する巨匠建築家(あの新高輪プリンスの飛天の間を設計された方です)。学生の頃、教授に言われたことを引用され、建て主のイメージを大事にすることの大切さを力説されています。

偉大な建築家とは、クライアントのイメージを引き出し、それを形にする人。そしてそれができるかどうかが、建築家の才能であると。さらに、これをするためには、クライアントと多くの話し合いをすることも必要だと説かれています。

笠井義文

2004.8.25更新
建て主にその希望を洗いざらい出しつくしてもらうこのプロセスを、僕は非常に大切に考えている。ブレーンストーミングのように、その希望が互いに矛盾していても構わないし、どんなに特異なものであっても構わない。
 
(山下和正・建築家)

建て主はいろんな希望を持っています。そして、そのひとつひとつに思い入れがあります。でも、それらをつなぎ合わせるだけで家ができるわけではありません。それらを溶鉱炉の中に入れ、時間をかけて、熱を加えることが大切です。

大小いろいろな夢や希望を出すことに躊躇しないでください。設計者は、建て主から一風変わった希望が出てくるのを楽しみにしている、一風変わった人達。そこから、建て主の個性を読みとり、それを住まいの個性にしたいと考えているのです。

笠井義文

2004.8.10更新
今楽屋はある種、自分の家みたいなものだ。一ヶ月間ひたすら通う仮の住まいには、確実に〃日常〃があふれている。現に今、この原稿も、その楽屋で書いている。静かなひととき、私の時間がここにある。
 
(松たか子・女優)
舞台を中心に活動する役者さんたちにとって、楽屋は自分の家、共演者は家族なのかもしれません。家族と共有する大きな空間と、自分に向かい合うプライベートなコーナー。それらが一人一人の個性と絡み合いながらひとつの空気をつくる。

まさに楽屋という空間は、住空間の象徴のように見えます。そして共演者(家族)は、みんなでひとつの芝居(目標)に向かっている。これもまさに住宅と楽屋に共通することなのでしょう。

笠井義文

2004.7.25更新
今の素材はみんな均一で表情がないですからね。
カメラマンの時から思っていたんですけれども、素材に陰影がない。つるつるしていて深みがないというか・・・。
その点、瓦は100年たつともっと良くなりますよ。
 
(山田脩二・淡路瓦師)
元カメラマンで今はカワラマンの山田さんの言葉です。
阪神淡路大震災で重い屋根がやり玉にあげられ、あたかも瓦屋根が悪者のように言われたこともありました。
確かに軽い屋根は地震に有利ですが、重い屋根でも十分地震に強い家はつくれます。それに、長い歴史をもつ日本瓦には、他にたくさんの良さがあるんですね。素材の魅力を引き出す。これも家づくりの大切な要素です。
笠井義文

2004.7.10更新
漢字には、住まいを指すのに二つの文字がある。
すなわち「宅」と「家」である。この場合、宅はハードウェアとしてのハウス、家はソフトウェアとしてのホームにあたる。
ところで、東京などの地下道で最近よく見かける路上生活者のことを、ホームレスというが、厳密にはハウスレスというべきであろう。。
 
(清家 清・建築家)
そういえば、○○ハウスとか△△ホームとかいろんな会社がありますが、我々もハウスとホームという言葉を結構いいかげんに使っています。
路上生活者にはハウスはないけどホームはあるんですね。
ホームは暮らし、生活、住まうことのスタイルです。家があって宅がある。
家を考えて宅を造る。まず宅があって、それから自分たちの家をそれに当てはめるという固定観念から、自由になりたいものです。
笠井義文

2004.6.25更新
結局は単純素朴で質がよく、飽きがこない最小限の設備や空間を整えること。その上で、その最小限を使いこなしての工夫の中に、楽しさやその家庭の個性が出てくるものと心得るべし、ということだろうか。
 
(東 孝光・建築家)
最近「狭小住宅」という言葉をよく見聞きしますが、東さんは1967年に建坪4坪という家を青山に建てた、狭小住宅の元祖のような建築家です。
狭小住宅というのは、敷地面積が確保できないという、ある意味ハンディを負った状態から出発するわけですが、逆にそれをバネにして、建築家が力を出し、住まい手が意志を強くして、生まれるものだとも言えます。
家づくりは、そういうある種の苦労もまた、楽しみにできるのですね。
笠井義文

2004.6.10更新
われわれ日本人が建築と思い住宅と考えている和風住宅を、
しかしこのごろの外人はインテリアとして注目しているのではないだろうか。
 
(神代雄一郎・建築評論家)
これはずいぶんまえに書かれた評論の中の言葉ですが、今はこの中の、「日本人」を「古い年代の人間」に、「外人」を「日本人」に読み替えることができるのではないでしょうか。和風住宅のしつらえの特色は、統一感のある白木や清潔感のある白壁、畳、柔らかい光を演出する障子などに代表されますが、これは日本の風土や歴史の中から必然として創り出されたもの。しかし、今の人達は、かつての「外人」のように、単に「インテリア」として見ているのかもしれません。
笠井義文

2004.5.25更新
今は一番お金をかけるのは化粧材で、構造材の金は落とすでしょう。
逆ですよ。
山には、大きな4寸角の柱が取れそうな、節だらけの木が捨ててある。
みんな、上辺だけ節のないきれいな木を望むからです。
節があればあるで、きれいなんです。そういう木をなぜ使えないのか。
 
(木下孝一・数寄屋大工)
近年の数寄屋建築は、かなり「見てくれ」を重視する傾向になってきました。
木下氏は数寄屋の研究を通して、そのことに警鐘を鳴らされています。
最近は南海地震のおかげ?で、この「構造材にお金をかける」ということもかなり説得力がでてきましたが、上辺だけきれいな建物に対する志向はまだまだ残っているように思います。特に若いデザイナーには要注意。なんて言うのは、私も歳をとった証拠?
笠井義文

2004.5.10更新
住宅の中で一番大切な場所はどこか、と聞かれれば、私は躊躇なく食事の場であるというだろう。
なぜならば、食事こそは生きるという人間の本能を満たし、人間の喜びとか満足の原点だからである。
 
(内井昭蔵・建築家)
続いて内井さんは、「家族は、本来、共食、共住、すなわち共に食事を摂り、同じ空間を共有することにより成立するものだ」と言われています。
中国の人達は、家族に限らず、人間関係を良くするために共に食事することをとても大切にするのだそうです。
そういえば、中国には「医食同源」という言葉もありました。
家をつくるときは、家族の団らんのイメージが核になると思います。
そして団らんの主役はやはり「食」。
食事をする空間からの発想が設計のスタートになりそうですね。 
笠井義文

2004.4.25更新
住み続けるには修理修繕を繰り返さないと、家はすぐにただの粗大ゴミとなっていくしかない。
メインテナンス、正しくはメインテインで意味は「手入れ」ということ。先日、法隆寺が1400年もったのは貧乏寺であったこと、修理修繕をこまめにしたからと管長にうかがった。
 
(清家 清・建築家)
最近、「修理修繕や手入れの必要な家が、即ち良い家なのではないか」と強く思うようになってきました。メインテナンスフリーというのは、メインテナンスが不要ということではなく、メインテナンスが自由にできる=メインテナンスがし易い家、ということ。
いま、メインテナンス不要の家が大量につくられているのは、ノンクレームの家を求める人が、造る側にも造られる側にも大量にいるから。
でも、もしかするとその考えが、じつは大量の「粗大ゴミ」をつくっているのかもしれません。  
笠井義文

2004.4.10更新
そりゃ家は宮脇さんの設計で宮脇さんに属するのは仕方ないかも知れない
けれど、少なくとも置き家具は私たちに属するもののはず。なにもかも宮
脇さんの設計でできてしまったら、私たちは宮脇さんの家に間借りして住んでいるみたいじゃありませんか。

                 
 
(あるクライアント)
これは、建築家宮脇檀さんのあるお施主さんが言われた言葉です。
宮脇さんはこの言葉を引用されて、何から何まで思いのままにしようとする建築家の自信過剰さを反省されています。
有名建築家の間借りの家に住むのも悪くありませんが、一から家をつくるのであればやはり「自分や家族の思い入れ」をたっぷり入れたものにしたいですよね。
笠井義文

2004.3.25更新
僕、ずっと建て売りです。
今の代田も40坪に鉄筋3階の建て売り。僕が引っ越す理由はたった一つ。近所に「うるさい」って言われたら越す。

                 
 
(萩本欽一・コメディアン)
有名人や売れっ子タレントには、僕たちには分からない悩みがあるものです。欽ちゃんの人気の裏に、安住できない、という事実があったとは思いもよりませんでした。
僕たちは、自分の家を自由に造れて、そこに気ままに住み続けられるということに、もっと感謝しなければならないのかもしれません。
笠井義文

2004.3.10更新
インテリア雑誌の美しい室内は、女性の憧れのまとである。
しかし、実際に住むとなると話は別で、油断するとたちまち散らかり放題、ほこりもたまり放題だ。
それを花や人形でごまかすうちに、ガラクタだらけの部屋になる。

         
 
(中野翆・作家)
雑誌の中のような美しい部屋に美しく住みたい。誰もが考えることです。
ただそれを実現するには、いま持っている様々な物たちとうまく折り合いを付ける必要があります。
けれどそれは至難の業。
結局、見せたくない(見たくない?)ものを納めるスペースがたくさん欲しいということになり、収納だらけの家に・・・。住宅が物を収納するためだけに建てられないことを祈りたいものです。
                          
笠井義文

2004.2.25更新
とにかく、光や風や自然がきちんと捉えられていて、内部は積極的ながらんどうでいいという小住宅でした。
                  
 
 
(長谷川逸子・建築家)
長谷川さんは、戦後の日本のライフスタイルが次々に変化していく様子を見て、それに対応するための小住宅づくりをされてきたと言われています。
住宅にとって不変なものと変化するもの。それをどうとらえるかが、家づくりの要になるんですね。
そういえばかつて建築家の間では、「住宅から無駄なものをなくしていったら究極的に何が残るだろうか」というような議論もありました。あなたは、何が残ると思われますか?
笠井義文

2004.2.10更新
森昌子がデビュー直後に僕の家に挨拶に来たとき、彼女のマネージャーに「日本一の売れっ子作詞家の家がこんなじゃ、新人歌手の夢が破れる」なんて言われましてね(笑)。
                  
 
 
(阿久 悠・作詞家)
見る人の夢が破れるかどうかはともかく、「こんな人なら、こんな家に住んでいるだろう」と考える人は多いと思います。かく言うわたしも、雑誌などで作家の書斎、画家のアトリエ、建築家の仕事場や住宅などを紹介していると、いつも興味津々でのぞき見しています。そしてひとり感心したり、納得したりしていますが、住まいがある意味、その人のことを如実に表わしているということは、大変コワイことなのかもしれません。
笠井義文