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家づくりの名言
2004.1.25更新
有名無名を問わずかりにも建築家が設計した住宅なら洋風である。畳の部屋をつくりたがらない。建主が希望すると渋々つくって、見ると老人室と書いてある。。
 
(山本夏彦・コラムニスト、元「室内」編集兼発行人)

昨年亡くなられた山本夏彦さんの言葉です。この名コラムニストは建築界にも多大なる影響を与えた人でした。「外側から」ばかり見られている建築を「内側から」見るために「室内」を自ら編集発行されました。

最近は、「和を楽しむ」ということも言われていますが、一昔まえは、新進の建築家にとって「和を嫌う」ことが普通だったんですね。氏は終始一貫、「古き良きものはそのままでいいのだ」ということを言い続けられた方でした。

笠井義文

2004.1.10更新
焼いては建て、建てては焼いて、私たちの父祖はこの木造の家で何百年もくらしてきた。しばらくコンクリの家に住んだら、このバイタリティが蒸発して去るような気がするから妙である。
 
                   (玉村豊男・エッセイスト

木造の家が省エネであるという理由には、次のようなことがあげられます。
  1.生産や加工に多くのエネルギーがかからない 
  2.断熱保温性能が高い 
  3.表面温度が高く暖かい 
  4.再利用できる 
  5.土にかえる 
等々。 「焼いては建て、建てては焼いて」というのは、人間のバイタリティであると同時に、自然と共生しながら家づくりをする先人の知恵だったんですね。

笠井義文

2003.12.25更新
その季節になると母はラジオの天気予報に聞き耳をたてる。そして大掃除が宣言される。父はうんざりする、私はうかれた。畳をあげて外に出し、古いものは捨てた。家財を洗って気分を一新した。私たちは大掃除の習慣を失うとともに季節の「けじめ」を失った。
 
(関川夏央・作家)

我々の小さい頃は、大掃除は大きなイベントでした。障子を張り替え、畳を上げて、ガラスを拭き、家の隅々まで一年の埃をとり綺麗にする。また、痛んだり、古くなった部品などもその際に取り替えました。これは、家の定期健康診断であったし、家と住人たちが触
れ合い、語り合う行事でもあったんですね。今は「けじめ」とともに、そういう家との関わりも少なくなってしまいました。

笠井義文

2003.12.10更新
雑誌に出てくるような綺麗で完璧な家をつくったら子供は子供室に、夫は書斎にそれぞれ引きこもってしまって、家族のふれあいや会話がなくなってしまったという実例がごまんとある。何のために家をつくるのかという基本的な思考が落ちていたからとしか言いようがない。
 
(宮脇 檀・建築家)

宮脇さんの「あなたは家族がデレデレできる家をつくっていますか」という言葉が忘れられません。家は家族のためにある。家族がいるから家を造る。そこにはいろんな家族の本音や建て前が同居する。悲こもごもがある。そしてそんな中で、家族は、デレデレする。

この言葉を聞いて以来、住宅を設計するときには必ず、そのご家族が「デレデレしている」風景を思い浮かべるようにしています。

笠井義文

2003.11.25更新
民家は人間がつくったものである。この人間がつくったものにたいして、等しく敬意を払うことは、人間の努力にたいする正当な評価であり、まさに人間的な行為でもある。
 

伊藤ていじ・建築歴史家

さらに伊藤ていじさんは、「建設のために民家をこわしてよいとする者は、人間の努力にたいする軽蔑であると同時に、それは自らの努力が後世の人たちからの侮蔑を招きかねないほど怠慢であることを予想させるものであり、自らの現在の努力への誠実さを疑わせるものである」と言われています。

ちょっと固い話になりましたが、この40年以上も前の言葉が、昨今の何でもありの増改築工事(テレビ番組に登場するような)に、警鐘を鳴らしていると感じるのは私だけでしょうか。

笠井義文

2003.11.10更新
何人家族には何坪の家が必要だという、考え方によってはひどく大雑把な住居の科学がある。その理論と具体的な計算方法も何通りかあって、でてくる答えも何通りかある。私の好きな説は<年齢平方メートル説>。
 
(清家 清・建築家)

家族の歳を足していくと、必要な家の面積が出るという考え方。これは一見乱暴なようにみえて案外合理的なのかもしれません。子供は大きくなるほど専有面積が増える。大人は歳を重ねるほど持ち物も多くなる。そして、家族が減ったり増えたりすると、それにつれて必要な面積も変化する。

となると、伸び縮みする家が理想の家ということになりそうですが、増築や模様替え、用途変更などは、この考え方を実行していることになるのでしょうね。

笠井義文

2003.10.25更新
人はいろいろ言うよ。だけど俺は、俺を支えてくれた人達への御礼のためにあの家を建てたんです。「おらがサブちゃん、やってくれたよ」って喜んでもらおうと。
 
北島三郎・歌手

敷地1500坪、36部屋の大豪邸。一見我々とは関係のない世界の家づくり。しかしサブちゃんは言います。「裸一貫で北海道の田舎から出てきた。だけど、人間やる気になりゃあ、ここまでできるんだという証明として、俺、建てたんだよ」と。

建てられる住宅がどのようなものであれ、自分の甲斐性としての家づくりに誇りを持つこと。そしてそれを周り人が心から祝福すること。これも、現代の家づくりで忘れられようとしていることのひとつだと思います。

笠井義文

2003.10.10更新
とにかく、光や風や自然がきちんと捉えられていて、内部は積極的ながらんどうでいいという小住宅でした。戦後の日本のライフスタイルが次々に変化していく様子を見てきて、その変化に対応できるものとしての小住宅づくりをしてきました。
 
長谷川逸子・建築家

建築家の長谷川逸子さんは、小住宅ばかりを専門に設計されているわけではありませんが、この言葉はまさに小住宅というものの核心をつかれていると思います。

光。風。自然。がらんどう。変化への対応。これらが小住宅を創るうえでのキーワードです。そしてそれに加えて、住まい手の自由でシンプルなライフスタイルが、その家をイキイキとしたものにしてくれるでしょう。

笠井義文

2003.9.25更新
住まいは寝る場所であり食べる場所であると考えないで、仕事の外の喜びを作るところであり、自分たちの趣味生活を生かすところでありたい。二人の住まい方の工夫の根本的なものは、やはり、二人が話し合ってきめるべきものだが、それを具体化するのは女性の役目かもしれない。男性よりも女性の方がそういう才能は多くもっている筈なのだから。男性はそれの協力者であり、相談役になる方がよいのだろう
 
中原淳一・画家
中原氏は、画家であると同時に、女性雑誌の主宰者であり、戦後女性の生活文化の提案者でもありました。女性が美しく賢く生きるためにはどうあらねばならないか。氏から発せ
られた無数の提案の中には、当然のこととして、住宅や住まい方についてのものもありました。ここでご紹介しているのはそのほんの一部ですが、さすがに女性の立場や資質を見抜いていると感服させられます。
笠井義文

2003.9.10更新
家というのは外から見るためでも、中に住むためだけでもない。住む人のライフ・スタイルの中で、いろいろの場面にどのように活かされているかが、その家の価値観だと思う。それはちょうど「何を着るか」ということと、まったく同じ次元の発想ではなかろうか。
 
石津謙介・服飾評論家

僕たちが若い頃に憧れたファッションの創始者である石津謙介氏は、世界中のファッションを知り、日本のスタイルを創り、常に第一線で活躍されてこられた方です。

服は色や柄や型や、流行だのおしゃれだのファッションだの、そんな次元で着られるのではなく、その人の生活の中でどんな役割をもっているのか、で考えられるべきだ、という氏の言葉は、住まいについてもそのままあてはまりますよね。

笠井義文

2003.8.25更新
しかし、その途方もない夢から、じつはまた、現実の家造りに役だてられる要素が掘りだされることもあるのだから、「理想」をまず夢想してみることから始めたいのである。
 
林 望・作家、書誌学者

リンボー先生は、自ら家についての本を書かれるほど、家に関心や知識をお持ちの方。家の良し悪しや自分の好みを熟知した上で、結局家づくりというのは「理想」から始まるのだ、と言われています。
  
借りものや単なる思いつきの「理想」はいただけませんが、「自分の家に理想を持つ」ということは、自分の生活や人生に理想を持つということ。やはりとても大切なことです。

笠井義文

2003.8.10更新
人々の夢を発見すること、そこから空間が生まれ出る  
 
東孝光・建築家
自分の家に対して夢のない人はいません。他人から見てどうであれ、一人一人の夢はそれぞれにオリジナルで、ひとつひとつが尊重されるべきものです。住宅の設計とは、まさにその夢を住まい手と設計者が一緒になって見つけるものであると思います。
笠井義文

2003.7.25更新
でも、なによりも今が大切よね。恋人だって映画だって芝居だって、ベスト・ワンはと聞かれたら、“ネクスト・ワン”って言いたいじゃない。家だって同じよ。終(つい)の住処(すみか)にしたいのは常に、ネクスト・ワン。
 
(加賀まりこ・女優)

加賀さんの場合は、持ち家ではなく借家での話のようですが、家を持つことが最終目標ではなく、常に次の新しいものを求めるということでは、我々の家づくりにもあてはまることだと思います。

家を「買う」のであれば、「買っておしまい」という感じですが、家を「造る」のであれば、「家を造り続ける」「よりよい生活を求め続ける」ことが可能になるのでしょうね。

笠井義文

2003.7.10更新
結局こうして人様の居心地にまで口を差し挟んだり、手を貸したりする建築家というお節介な職業についてしまいました。
 
中村好文・建築家
「小さな親切、大きなお世話」。
建築家は、このように、自から「お節介で」と言い、「いやいやそうじゃあないですよ」と言われるところで仕事をすべきで、自分の横暴、いや、お節介に気つかず、陰で「お節介なことをしてくれて」と言われるようになってはいけませんよね。
 
笠井義文

2003.6.25更新
けど、建てて嬉しいのは俺だけなんですよ。うちの嫁は、「粉浜の文化住宅の頃が一番よかったね」って言ったことがあるんです。別に今の生活がいやや言うんやないんですよ。あの頃の雰囲気っていうのかなぁ。上の子が生まれて、初めて風呂も付いてて、お金はないけど楽しかった時代という・・・。
 
(笑福亭鶴瓶・落語家)

世界的なデフレやグローバル化が避けられないこれからの時代。その中で、ある種の「日本らしさ」を住まいづくりのなかで考えるとしたら、「あの頃にもどろう」ということなのかもしれません。「狭いながらも楽しい我が家」「お金はないけど豊かな家づくり」が本当に求められているのは、今なのでしょう。

笠井義文

2003.6.10更新
大した家じゃないと思っていたけど、今考えたら私が住んだ中で一番素晴らしい家だったわね。古い木造で、夏なんか風がスゥーッと通って障子がコトコト鳴って。雨がパチパチ瓦に当たる音がしたりさ。ああいうのはやっぱり日本の家しかないですよ。
                  
 
 
フジ子・ヘミング ピアニスト

ベルリン生まれ、父はスウェーデン人画家、母は日本人ピアニスト。テレビのドキュメンタリー番組で見たフジ子さんの家は、「和風」というものとはほど遠いように思われましたが、自然と日本家屋が音でつながっているという感性はやはり日本人、そしてまさに音楽家のものですね。もう一度家のまわりで耳をすますと、われわれにも日本家屋の良さが再発見できるかもしれません。

笠井義文