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家づくりの名言

2003.5.25更新
日本の建築教育は非常にいいんです。今まで遅れていると言われていたのですが、世界の中で最もユニークで、最も技術変革に適応することのできる人たちをどんどん育ててきたということになります。

 
(菊竹清訓・建築家)

建築士の試験は夏にあります。これまで建築界で仕事をしてきた人たちは、かつての暑い夏に、試験に苦しめられた経験を持っているはずです。「これを持っていなければ、この業界では食っていけない」とみんな真剣でした。で、取得できると、一安心だったわけです。その頃は、今のように「持っていても食えないよね」となかば自嘲的、なかば諦め顔に言う世の中になろうとは、だれも思わなかったんです。

笠井義文

2003.5.10更新
「芸術が町を美しくするという考え方はやめなさい。芸術は町に対して挑戦的ですよ」と、私はいつも講演会で申し上げています。毒を持っているのが芸術なんだから、そんなものは最初から置かない方がいい、と。
 
                   (池田満寿夫・画家)

池田さんは、町を本格的に美しくするなら電柱を地下に埋めて電柱を町からなくしなさい、とも言っています。それだけで、どれだけ町が美しくなることか、と。普段着の町や住宅の美しさは、ある意味でこういうあたりまえのことから産み出されるものなのでしょう。毎日暮らす住宅も、挑戦的な美よりも、安心できる心地よい美しさのほうがよく似合う、と思います。

笠井義文

2003.4.25更新
バルコニーから青空を撮る。眼を磨くんだよ。毎朝、歯を磨くみたいに。
 
(荒木経惟・写真家)

バルコニーは、天才写真家アラーキーさんにとっての特別な場所。ここから無数の名作が生まれました。 毎朝起きると、そこから空を撮る。生きるうえでの基本、創作の原点であるバルコニー。住まいの中には、このような場所もあります。

笠井義文

2003.4.10更新
知人から「家の購入を考えているのだが」という相談を受けたことがある。
「場所はどこどこで、広さは何坪、値段はいくらだけど買って損はないか?」
というのである。「近所に安くておいしいレストランがあるとか、わが子のために気に入った学校があるとか、友人がいるとかいったことも含めて住まいの価値である」とアドバイスしたら相手は黙ってしまった。
 
(日下公人・東京財団会長)

好ましいことに、バブルがはじけて長期不況が続き、家を投機や利殖の対象にする考えは急速になくなってきたようです。でもそもそも自分が住む家を、売ることを前提に考えるのがおかしなコト。これは家を「買う」からそういう発想になるわけで、家を「建てる」とか「つくる」とかだとそうはならないと思います。このように、言葉ひとつで、そのものへの思い入れや考え方が変わってくるんですね。気をつけたいものです。

笠井義文

2003.3.25更新
私は、たいへんがっかりした。といっても、桂離宮そのものに失望したわけではない。あの桂離宮を見てもなにも感激することができない自分自身に落胆したのである。
 

(井上章一 国際日本文化研究センター助教授)

建築の専門家のなかでは、桂離宮は名建築中の名建築、とされています。かつて、高名な内外の建築家や建築史家が絶賛したからです。しかし、井上さんは、その「名建築」に感動しなかった。そしてそのことを専門家として素直に言いました。でも他の専門家たちには、ほとんど無視されました。

住まいにとって、ウソの感動や美的感銘の捏造は、意味のないことです。自分の家が美しくあってほしいと思うことは大切ですが、それが借り物の美しさや実感をともなわない芸術である必要はありません。

笠井義文

2003.3.10更新
犬が家、つまり穴などの巣を持ったとしよう。その中にいると、犬はリラックスし、心拍数も最低になり、エネルギーの代謝さえ低くなってしまう。私もまた同じなのだろう。旅を終え、書斎に戻ると、仕事をそっちのけで、ひたすら睡りこけてしまう。
 
畑 正憲・作家
ムツゴロウさんは、世界中を旅し、各地の住まいを住みこなしてきた人。振り返って、どの家もなつかしく思い出のすべてが暖かった、そうです。それでもやはり、ご自分で作られた「お気に入りの書斎」が、心の支え、安住の場所としては、一番なんですね。

住まいは、それがどのような形であっても、どこに建っていても、住んでいる人たちがホッとし、リラックスできて、眠りこけられるものでなくてはならないのでしょう。

笠井義文

2003.2.25更新
今日の国語教育において建築用語は虐待されている。
梁(はり)、桁(けた)、杭(くい)という主体構造材が常用漢字に入っていない。屋根必需品の「瓦(かわら)」も「樋(とい)」も小学生はその字を知らなくてもよいことになっている。
 
飯塚五郎蔵・「建築語源考」著者

一般の人たちに建築の素養が急速になくなってきたといわれます。それは学校で「建築用語」を教えなくなったことも、きっとその理由のひとつでしょう。人は言葉から、そのものに対する関心や親しみを感じるものです。職人さんたちの言葉が理解できるようになれば、「いささか家づくりの腕があがった」と言っていいと思います。 

笠井義文

2003.2.10更新
建築家は人間の環境を創る極めて重要で素晴らしい職能であって、それはテクノロジーと芸術性とそして社会性の三つの土台の上に立脚するものだ。
 
(カナダ・マルルーニ首相)

ちょっとおおげさな賞賛のようにも聞こえますが、これは小さな住宅にも言えることなんでしょうね。この「テクノロジーと芸術性とそして社会性の三つの土台の上に立脚するものだ」を、住宅に言い換えると「職人さんの技能と、美を愛する心と、家づくりをするみんなの気持ちを大事にすること、の三つの土台の上に成り立っているんだ」となるのではないでしょうか。

笠井義文

2003.1.25更新
昔の下町では、隣の人がこうやったから、自分の家もこうやろうっていう気持ちがあったんだよ、そういうエチケットが。
 
吉村順三・建築家

家づくりというのは街づくりでもあります。吉村さんは建築や住宅などさまざまなことについて「こうやったほうが気持ちいいだろ?」とよく言われたそうです。

街を歩いていて、その家並みや雰囲気が「気持ちいい」と思われたことはありませんか。
そこに住んでいる方々の人柄がなんとなく伝わってくると感じたことはありませんか。
そこにはきっと、エチケットを大切にする人達が住んでいるのでしょうね。

笠井義文

2003.1.10更新
ルイス・カーンという建築家がいました。五十歳過ぎてからものすごい実作がどんどんできて、五十歳までどうしていたのと人に聞かれると彼は勉強していたと言うらしいのです。
 
小林克彦・建築家

建築家というのは自分が名のったその日から建築家。その日から仕事ができます。
だから若い建築家は未熟なまま設計をしはじめます。設計の良し悪しは年齢とはあまり関係ありません。しかし知識や経験で若者が年長者に劣るのもたしかでしょう。それを補うためには、常に勉強しなければなりません。つまり「建築家の資質」とは、その人が日々いかに勉強を続けられるか、ということになると思います。

笠井義文

2002.12.25更新
私は自分の生涯でずいぶんたくさんのお金を使ってきた。しかしこの家ほど価値のあるものを金で手に入れたことは今までなかった。ありがとう。
 
(エドガー・カウフマン)

カウフマン氏は、かの巨匠建築家、フランク・ロイド・ライトの名作中の名作と言われる落水莊(カウフマン邸)の施主。この住宅(別荘?)にはいろいろな逸話が残っていますが、建築家にとってこう言ってもらえることは、何よりの報酬でしょう。
しかし、これは当然その力量があってのこと。建築の設計に携わるものとして、その末席から2002年のしめくくりに自省の意味を込めて・・・。

笠井義文

2002.12.10更新
ものすごく居心地のいい家だと思ったけれどもごく普通の家だったわねと、たずねた後で感じる家がたぶん最も良い家だろうと思われます。
 
宮脇 檀・建築家)

ごく普通の人が、ごく普通だと思う家。でもすごく居心地がいい家。これが究極の良い家である。宮脇さんは別に、「日曜日にちょっとその辺に行くつもり程度に装った普段着というのが家のいいつくられ方だと思います。」とも言われています。
まさに、奇をてらうことなく良い住宅を創りつづけた建築家の至言です。

笠井義文

2002.11.25更新
私はマントルピースに薪をくべながら、ロッキングチェアーにすわりチェック
のひざかけ毛布をかけて、推理小説を読む。足元に、賢いイヌが寝そべってい
る。_これ、私の夢。
 
俵 萌子・作家

こういう話を聞くと僕たちの世代は「もしも〜、私が〜、家を建てたなら〜」という小坂明子さんの「あなた」という歌を思い出すのですが、俵さんの言われている情景は、イギリスの人の老後の理想の姿でもあると聞いたことがあります。

実は俵さんのお父上は建築家。ですから、ご自身も建築についての関心や造詣が深いわけで、単なる夢物語を語っているわけではありません。いろいろ住宅について考えてきて、やはり行きつくところは平凡な暮らしと平和な日々を支えてくれるのが理想の家、ということなのでしょう(それででやっぱり、一緒にいてほしいのは、頼もしい夫ではなくて、賢いイヌなんですよね)。

笠井義文

2002.11.10更新
住宅は規模が小さくてアイテムが少ない、ちょうど画数の少ない字のような感じですから、柱にしろ、壁にしろ、一つひとつの部材のウエイトが非常に大事なんですね。
 
木村俊彦・構造設計家

木村さんはわが国の構造設計家の第一人者。現在も第一線で名だたる建築家と協働で、数々の名作をつくりだされてます。今は手がけられるほとんどが大規模建築物ですが、かつては住宅の構造設計もされました。その方の言葉。

書道では、むしろ画数の少ない字のほうが難しいと言われています。一画、一画の重み、各々の関係、間の緊張感などのウエイトが高まるからです。住宅もそれと同じように、小さな空間のなかの限られた要素が大切であるとのこと。建築の骨組みという、いわば純粋なものを追求してこられた構造設計者の視点です。

笠井義文

2002.10.25更新
あなたがよく見るのは隣の家の建物ですし、あなたの家を最もよく見るのはお隣の人です。家を建てるなら、常に周囲の人がハッピーでいられる建物にすることです
 
中谷彰宏

膨大な著書をだされている中谷さんは、あらゆることについて一流の視点で言及されています。住宅についてもしかり。人は一人で生きてはいけない。家は一軒だけ独立して建っているわけではない。だから家づくりには隣近所への気配りがとても大切である。さすが「サービスの達人」の言葉ですね。

いつの頃からか、我が国でも個の重要性が強調されはじめ、周りの人や家や習慣に自分を合わせることが悪のように言われるようになりました。しかしけっして昔に個がなかったわけではなく、そのような環境の中でも、自ずと光るものこそ本当の個性だったんですね。そんな家づくりは今も理想だと思います。

笠井義文

2002.10.10更新
家に孤独を求めるような人にはカプセルホテルが向いている。それでも満足できずに、さらに高いプライバシーが必要なら、ロック(施錠)も厳重な刑務所の独房が向いている。
                  
 
 
清家 清・建築家

家は家族のためにある。家族が一緒にいるというだけで生まれてくるものが、家の大切な要素である。ということで、家の中に必要以上のプライバシーを持ち込むのはいかがなものか、というのが清家さんの説です。
ただ、こういう建築家の理論と住み手の考え方がうまく一致するという幸せが、そうそうないというのも事実です。現に清家さんのご自宅は、ご家族にはあまり歓迎されなかったご様子・・。「時には家族とベタベタし、時には家族から隔絶された気ままな生活もしたいの」。本音は、みんなそうなのかもしれませんね。

笠井義文