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家づくりの名言
2002.9.25更新
持って生まれた運、自分が鍛えてきた運を、形にするのが環境づくりなのです。
 
Dr.コパ

今や最も有名な建築家といわれているDr.コパ氏。氏は風水、家相を改めて世に出した功労者、でもあります。家相は古来の家づくりの知恵。今でも科学的にみて十分通用するものがたくさんありますし、人生教訓的なものや生活の知恵的なものもあります。
しかしそれは万人が一律に守らなければならないものではなく、現在に生きる一人一人の考えや姿勢が反映されるべきものなんですね。
それも含めて、個性を形にするのが、家づくりといえるでしょうか。

笠井義文

2002.9.10更新
地上げ屋さんは古い建物は壊そうと思っている。
僕は残そうと思っているそこだけの違いですね。
 
                   (藤森照信・建築史家、建築家)
藤森さんは路上観察でも有名な人。赤瀬川原平邸の設計者でもあります。
今の人達には一見意味のわからない建物やモノについて、ふかく洞察し、その価値を教えてくれているのが、この藤森さん。
壊そうとする人と残そうとする人。これはおおげさに言うと、新旧文化の戦いです。
住宅を新しくする場合も、新旧(つまり親子、旧世代と新世代)の価値観がしばしば交戦します。でもわたしたち設計者からみると、旧世代の方に理が多い。
「ずっと受け継がれてきたものに対する自信をもっと若者におしつけてください」とお願いしたいです。
笠井義文

2002.8.25更新
できるだけ夜、お客様を呼んでほしい。やはりお客様を呼びますと、ちょっと自分の家のほうがすてきだということを見せたくなるのが人情ですから、いろいろ工夫をなさるんじゃないかと思います。
 
(石井幹子・照明デザイナー)

住宅が家族のものであることは間違いありませんが、あまりにそれに慣れ親しんでしまうと、なにごとにも無頓着になってしまいます。お客様を迎えるという適度の緊張感も、住まいを豊かにする重要なファクターなのかもしれません。照明デザイナーの石井さんは、住まいの照明は移動できるものがいいとも言われています。その時々に各所でいろんな演出ができるからです。

現代の日本人は、照明とは部屋全体を均一に明るくすることと思い込んでいるところがありますが、それは効率を第一に考える執務空間のようなところでのお話。住宅にはあてはまりません。

笠井義文

2002.8.10更新
床の間というのはやはり人間があまり傲慢にならないために、もっと高い存在があるんだと恐れおののくような、そういう教育をするのに必要な空間だったのではいかと感じるんです。
 
(木村治美・エッセイスト)
日本人全体が近代化を目指して、戦後何十年か突っ走ってきて、いまふっと何かに手をあわせたくなっている。そのよりどころが、床の間であったり、仏壇であったりするのでは・・・。
日常の何気ない出来ごとや感情をやさしい視点で平易に語る名エッセイストの言葉です。小さい頃、仏壇や床の間の周りで遊んで、よく叱られたものですが、住まいの中に、意味は分からないけど何か神聖な場所があるというのは、子供にとって大変意義深いものだと思います。人間としてしていいことと、悪いこと、それを考える機会にもなる。
「バチがあたる」なんて言葉、もう死語なんでしょうけど、案外好きです。
笠井義文

2002.7.25更新
昔の日本家屋は紙と木ですから、そこでもってはやった音楽はやっぱり三味線のような残響のない音楽ですよね。とうとう日本人はハーモニーを知らないで明治まできちゃったわけです。
 

(團伊玖磨・作曲家)

「住宅がこうだったから、そこで創られたり、演奏されたりする音楽もこうなった」といわれると、「なるほど」と納得してしまいますが、それだけ住まいというのは影響力のあるものなんだ、とあらためて感心させられます。
「あゆみ」や「ひかる」が全盛で、他の音楽より著しく突出している今の状況は、何か住まい環境との関係があるのでしょうか。この頃の住まいが、恐ろしく住む人の個性や志向を画一化しているということでなければいいのですけれど・・・。
笠井義文

2002.7.10更新
建築家の場合ははっきりと形を出したいという意志が働いてプランを単純にする。素人は建築とは単純な形をしたものと思い込んで詰将棋をやる。
 
(西澤文隆・建築家)
専門家のつくる家も素人のつくる家も四角やL字型が多い。しかし、発想は違うところにあります。どの世界でも、素人というのは固定観念からなかなか抜けられないもの。逆に、経験豊富な専門家は広い視野で柔軟に考えられるはず、ということなのですが、なかには「こういうものなんですよ」と押しつけや騙しの手口を使う専門家もいます ので、ご用心を。
笠井義文

2002.6.25更新
建築は何のためにあるのかというと、それは簡単なことなんです。
建築は人間のしあわせのためにある。たったそれだけです。
 
(出江寛・建築家)
世界中のありとあらゆる人間の、その数だけあるしあわせ、のために建築がある、ということは無数の建築があってよい、ということ。しかし、不幸になるような建築はあってはならないということでもあります。だから、たったそれだけのこと、が得がたいのでしょうね。
ただ昨今は、建築で不幸になるのは、人間に限らないようですので、そのあたりへの心配りも大切かと・・・。
笠井義文

2002.6.10更新
日本の漆器の美しさは、そう云うぼんやりした薄明かりの中においてこそ
 
(谷崎潤一郎・陰翳礼讃)
幼い頃、まだ薄暗い家の中を体験した我々の世代は、とにかく明るい家に憧れました。
しかしそれを手に入れ、たしかに衛生的になったとはいうものの、何かを忘れてしまったような、なくしてしまったような気がします。
文豪谷崎の「陰翳礼讃」は、モダンリビングにたいする警鐘として、また日本文化を再認識させるものとして、建築専門家の間でも数多く引用されてきました。
笠井義文

2002.5.25更新
職人で、自分で仕事の質を落とすってことは考えられません。世間や、客が、質を落とせって言っている場合が多いですね。連中は売れりゃいい、買えりゃいいんですから。
 
(永六輔・「職人」より)
これは永さんが集めた職人の言葉。
特に木造住宅は、木材を扱う大工に負うところが大きいもの。大工が他の職人の仕事も含めた、全ての質を決めると言っても過言ではありません。だから、腕のいい大工さんが腕をふるえる場をつくることがとても大事です。伊勢の遷宮は、20年毎に一流の技能と職人を継承してきたことに大きな意味があると言われています。
笠井義文

2002.5.10更新
一戸建てにせよマンションにせよ、家屋はそれ自体が生き物であって、たえず養い育てる労を厭(いと)ってはならない。
 
(谷沢永一・関西大学名誉教授)
阪神淡路大震災では古い家の多くが倒れました。しかし近年に改築改造した家はほとんど健在で、谷沢家も倒壊を免れたそうです。
家は手を加えながら養い育て、修繕しながら大事に至らないようにもちこたえていくことが大切。それには、信用できる専門家と懇意になることが大事であるとのこと。
当代随一の人間通の説です。
笠井義文

2002.4.25更新
さびしき住居(すまい)、一間(ひとま)の庵、みづからこれを愛す
 
(鴨長明・方丈記)
人里離れた山奥でひとり晴耕雨読の日々、に憧れることがあります。が、たぶん寂しさにたえられないだろうと思ったりもします。町の中でさびしき庭と一間の書斎を手に入れた方がいいのでしょうか。
住みなれた町をみんなで良くしていく、住みなれた家に手を入れながら気持ちよく暮らしていく、というスタイルも素敵ですね。
笠井義文

2002.4.10更新
戦前は、合わなくなったら、次にぱっと引っ越せた。これが本当だと思いますよ。しかし、本当は住宅を選ぶということは、自分の生き方を選ぶことですから。
 
(林雅子・建築家)
「家は三度建ててみないと・・」とよく言われますが、これは、人生には三度ぐらいは大きな変化がある、という意味だとか。その転機に、どのような家を選ぶのかで一人一人の生き方が問われます。型にはめられたみんなと同じ家に住もうとするのは、自分の人生もそれでいい、と思っていることになるのかも。
笠井義文

2002.3.25更新
どんな大型建築も住宅から機能分化し発達したものにすぎない
 
(林昌二・建築家)
住宅設計に真剣に取り組んだことのない建築家は信用できない。設計は住宅に始まって住宅に終わる。
日本を代表する大手設計事務所で長年大規模な建築を設計してこられた、「超高層ビル」の職人とも呼ばれる建築家の言葉だけに説得力がありますよね。
住宅の設計というのはやはり、全ての基本、ということですね。
笠井義文

2002.3.10更新
昔の建築家は、皆、人間的に問題意識と謙虚さを兼ね備えていた。
今の建築家は、自分が描いたことは全部正しいと思っているヤツが多い。
天動説なんですよ。
 
(田中文男 大工棟梁)
以前、講演で徳島に来られたときに「若い大工さんを育てる方法は?」と伺ってみました。「昔ながらの大工用語をきちんと教えてください」というのが氏からの答えでした。
戦前の大建築家に育てられ、戦後の名建築家を育てたことでも有名な、日本を代表する棟梁から、若い後輩に向けての苦言です。みなさんのまわりの大工さんや建築家はいかがでしょうか?
 
笠井義文

2002.2.25更新
私はできるだけ卓袱台と畳にしまして、お父さんお母さんって やっているんですけど
 
(向田邦子・作家、脚本家)
ホームドラマで部屋の名前をダイニング・キッチンにすると、パパ、ママということになってしまう。それに抵抗しての弁。
同じ空間でも呼び名によってがらりと違ったモノになる。ひょっとすると家族関係までも・・・という設計者としても、心しなければならないお言葉です。
笠井義文

2002.2.10更新
欲しいのは光であって、器具じゃない
                  
 
 
(吉村順三・建築家)
欲しいのは照明器具ではなくて、光そのもの。その光をどう考えるかが大事で、器具の形をデザインするのが本質ではない。‘屈折したり反射したり拡散したりする光をどう演出するかが設計者の腕の見せどころ’ということですね。
笠井義文