「家は三度建ててみなければ、満足のいくものはできない」と言われますが、新らしく三回建てるのは無理でも、二回増改築することは可能です。だから、増改築の時こそ、それまでの経験や知恵を生かせるチャンスです、と奨めています。
また、家を初めから完成させないという考え方もこれに通じるもので、自分も家族も家を建てた時からもずっと変化成長するもの。家もそれに合わせて成長させていきましょう、というごく自然な考え方なのです。
建築写真家は、建築を創っている人たち以上に建築のある意味「目利き」であると言えます。それはいろいろな建築を、より客観的に評価できる立場にあるからです。
建築が醸し出す場の雰囲気というのは、設計者もそうですが、施工にあたる人、そこに暮らす人々、みんなが創り出すもの。それを体感して、写真として捉え定着させる。そこには、建築や住宅の価値を見つけ出す、また別の評価軸や感性があるように思います。
日本を代表する大建築家の少年時代のお話。建築家の資質とは何か、という問に対して答えられたものです。周りへの気配り、思いやり、そしてそれを感じる美意識を持つこと。またそれによって、周りから褒められ、感心、感謝されることを喜ぶ。
絵が上手いとか、構想力があるとかいうことではなく、このようなことが、建築家になれる資質であると村野先生は言われています。しかし、建築や住宅がクライアントとの共作であるとすれば、クライアントもまた、このような資質を持っていた方がいい、ということになります。
住宅は神経過敏ではいけない。これは、住宅はおおらかにつくりましょう、ということなのだと思います。ただ、ここでいうおおらかとは、いいかげんに、ということではありません。要点は押さえて、あとは臨機応変、柔軟に対応しましょうということ。
例えば設計でいうと、大きな空間やゾーンをうまく配置し、生活はその中で、その時々に自然に流れてくれればいい、という考え方。細かく分けた部屋に名前と機能と装置を付け、それに生活を合わせていくという考え方とは対極です。
戦国時代、日本の民衆はいたって気軽に住居を捨てていたようです。なので必然的に、本格的な家を造ることをしなかった。この感覚は、もしかすると今でもわれわれの心の奥に、あるのかもしれません。
でも逆にいうと我々の祖先は、「家はどうにでもなるもの」「家にこだわるのではなく生活を大事に」「周りの状況はどうであれ家族が主役」という発想を持っていたともいえます。まず中身があっての外。これは住まいを考える上ではきわめて順当な手順ですね。
理想と現実、精神性と物理性。住宅は物ではありますが、そこで暮らす人たちにとっては、自分たちの思いや感性を包むもの。物を見て感じる心や使って味わう豊かな気持ちも、大切にしながら家づくりに臨みたいもの。
物としての住宅を構築していくなかで、物に愛着を持ちつつも物に振り回されないこと。たとえ最終的に同じ物に行き着いたとしても、住まい手の精神性が尊重された結果の選択であること。そうなるためには、ゆとりのある「遊び心」がポイントになるような気がします。
作家がどこで筆を置くかということにこだわるように、設計をどこで終えるかということは設計をする人間にとって大きな関心事です。もちろん設計は住まい手と設計者の協働作業ですから、お互いの了解がなければなりません。
設計はさまざまな判断、決定の集積です。そこにはその家のテーマのようなものから、壁の色に至るまで多種多様なものが含まれます。そしてその時期も、机上での構想段階から現場の完成まで(もしかするとその後まで)続くのです。
ルドルフスキーは「建築家なしの建築」という著作で、暮らしのなかで自然発生的に成立発展してきた伝統的な集落や住まいに光りをあてた人。建築家を前提に考えられている先進諸国のありかたを痛烈に批判しました。
ただこれは、もちろん建築家自体が悪いのではなく、ここで述べられているような、「人間性」を無視したような建築が創られていることを嘆いているという意味。建築や住宅の創られ方は時とともに変わっていきますが、そこに映し出される「人間性」というものは永遠に変わらないということですね。
「神は細部にやどる」と言ったのは20世紀の巨匠ミース・ファン・デル・ローエでした。一見理論だけで創られていると思われがちなもう一人の巨匠、ル・コルビュジェの住宅も、実は細やかなディテールの宝庫でした。
「はしばしが豊かなことは、心が豊かなこと」。日常の、ささいなところへの、心配りと優しさ。それは日本人が永らく大切にしてきた精神であったはずです。自戒の意味もこめて、いま一度、心の豊かさを、住宅に。
この彼というのは「住宅論」で「住宅は芸術だ」と宣言された有名な建築家の篠原一男さんのことです。当時、篠原さんと磯崎さんは建築界の二大論客として君臨されていました。
建築(住宅)の芸術性については、専門家の間でこれまでもいろんな議論がされてきましたし、これからも続くだろうと思われます。しかしそういう難しい話は専門家にまかせておきましょう。住まい手にとって住宅もアートも、つまりは、その人の暮らしや人生を豊かにするためのものですから。
学生の頃を思い出すと、へんに複雑な設計案をつくっていたように思います。これはもちろん建築や住宅のについての基本的な知識がなかったことにもよりますが、それ以上に「人間の生活」への考察が足らなかったのが原因だったのでしょう。
そしてそれに加え、単純明快なもののなかに真理やほんとうの豊かさがあるということに気がついていなかったこと。生活の多様さは必ずしも多様な空間と対応するものでないということに、思い至らなかったからでしょう。
古い家に手を入れて住む。最近は若い人の中にもそういう志向をされる方が多くなってきました。これは一種の懐古趣味的ファッションともいえるでしょうが、切実な社会からの要請と見ることもできます。
先人達が作ってくれた資産を生かす。その素材や空間そして技術、技能を後世につたえる。それをわれわれの文化として受け継いでいく。これは家をつくる人、住む人を問わず、いま求められている大切なことだと思います。
家づくりはつくり手と住まい手の共同作業。まさにそのとおりで、各々が身勝手に事を進めていては、良いものはできません。お互いの役割分担をはっきりさせ、そして尊重し合うこと。これが大切。
また、住む人がちゃんとコントロールできるというのは、その人が住まい方(型)をちゃんと持っているということ。自分の暮らしや生き方に自信をもっている人は、つくり手もその気にさせ、できあがる家は、やはり輝いています。
日本人から公共の物を大切にするという意識が薄れてきたのはいつからなのでしょうか。それはきっと、ご近所との付き合いがなくなり、家の周りのことへの関心や愛情がなくなり、その管理を役所の仕事だと思い始めたころからだと思います。
人がそうであるように、家も一つでは成り立ちません。隣の家があり、町があり、街路や広場があってはじめて家になります。それらを含めて「すまい」です。自分の家をつくる前に「すまい」を考える。これは大切なことですね。