こういうと驚かれるかもしれませんが、設計依頼は契約書もなにもなくても成り立ちます。「これこれしかじかの建物を設計して欲しいんですけど・・・」「分かりました、では・・・」で設計の仕事は始まります。いわゆる口約束ですね。それから、現場の測量をしたり、図面を描いたり、打ち合わせをしたりしていくのですが、そうしていくうちに、依頼者の気が変わって「頼んだ憶えはない」と言ってもこれは通りません。世間にはそういう話も多いらしく、よく記事にもなっていますが、判例ではほとんど依頼者側の主張が斥けられています。
心配されるといけませんので申し添えますと、逆に「相談」までの段階では仕事にはなりません。そして設計者の場合、弁護士のように1時間いくらという相談料を取ることもまずありません。では、「相談」と「設計」の違いは何なのかというと、具体的に測量や作図、企画アイデアの提案などを依頼すれば、それ以後は「設計業務」となります。その前段、「相談」の段階では、お互いのことを聞いたり、希望や要望を言い合ったりするわけで、これはいわばお見合いのようなもの。さすがに正式に返事をしなければ「結婚=業務の契約」は成立しないのです。
しかしこのような場合、契約書などがないわけですから、“設計料”がちゃんと決まらないうちに設計の仕事が進んでいくことも当然起こります。ふつうは見積を済ませて、料金が確定してから依頼、受注、契約、仕事開始のはずなんですが、そうでないこともままあるのです。「設計料は?」「だいたい設計料が工事費の○%で、監理費が○%です」「はぁ、そうですか・・・」でなんとなく進んでいったり、そんな会話さえないことが・・・。
しかしこれでは、設計の作業内容も分からず、監理とは何かも全然不明で、どの段階の工事費を基準にしているのかも曖昧です。つまり「何がいくらなのか」が全然わかりません。さすがにこれではマズイですよね。どうしてこんなことが起こるのか、考えられる理由をいくつか揚げてみましょう。
ひとつは、そもそも我々はお金の話に慣れていないことがあると思います。我々のなかには、お金の話はハシタナイ、できればしないほうがいい、という気持ちがどうしてもあります。まして自分の報酬のことを自分で言い出すなんて・・・、自分の値打ちは本来相手や世間が決めてくれるもの、という考えの人は結構多いのではないでしょうか。ですからしぜん、金額を曖昧にしながらコトを進めていくようになるのだと思います。
もうひとつは、契約書を交わす習慣があまりないことがあげられます。なんとなく口約束で、なんとなく仕事が始まり、なんとなく終わるという風習が、まだ日本では通用しています。これはある意味で美徳だと思いますが、社会環境の変化で人の心も行動も変わってきています。これからは、予想もしないトラブルが発生するかもしれません。そういうことはできるだけ避ける必要がありそうです。
それからもうひとつ。設計者がなかなか“設計料”の金額を言い出せないということがあります。正直言って、“設計料”はいくらですか?と聞かれると、設計者の心は千々に乱れるのです。まえにもお話したように、“設計料”は定価があってないようなもの。その都度料金交渉というところがあります。また、設計事務所のほとんどは零細です。大きなスポンサーがついているとか、超人気作家でもない限り、コンスタントに仕事が入る保証はありません。
“設計料”はこのくらい欲しいけど、高すぎると思われないかなぁ。相手の心証を悪くしないかなぁ。かといって希望金額をあらかじめ低く言ってそのまま通ったりすると何か損したような気分になるしなぁ。それで後々の仕事に身が入らなくなったりするのもよくないよなぁ。でも、満額提示して、そう簡単にOKがもらえるかなぁ。せっかくの仕事だから、させてもらいたいしなぁ。設計者(けっして私だけではないと思いますが)の本音を言ってしまうとこうなのです。
そりゃ、なかには「人生は博打、交渉はキッタハッタの大勝負」と局面や相手に合わせて“設計料”交渉に挑むという豪傑もいるでしょう(一部の人、知ってます)。が、多くの?善良で気の弱い設計者は、迷いに迷ってしまうわけです。また、基本的に依頼を待つ身としては、よっぽど自信過剰な人を除いて、この仕事をことわると二度とこないのではないか、という恐怖心があります。だからどうしても内容や事情をあまり深く考えずに受けてしまう。あやふやにコトを進めてしまう。そして、それが不幸な結婚になったりする。
ということで、ああぁ“設計料”のことを考えると夜眠れない・・・となるわけです。
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