"設計料"は一口では言えない複雑怪奇なものである、というご説明をしました。そしてそのわけは、設計行為そのものが複雑で多岐にわたるにもかかわらず、あまり明確にされていないからだということにもふれました。
そもそもモノの値段というのは、そのモノの価値を具体的に示したもの。そして、自由競争の世のなかでは、モノの適正な値段は消費者がきめる、という市場原理があります。
ということは、"設計料"というモノの値段は、設計の価値をはっきりさせ、ユーザーの同意を得てきめる必要があるということ。
したがってここでは、設計行為をできるだけ具体的に分かりやすく紹介しながら、その価値をみなさんとご一緒に考えてみようと思います。その過程ではきっと、同業者からマッタがかかるような企業秘密や、自分は違うやり方でもっと良い設計をしている、という声が出てくるでしょう。
とはいえ、ワタクシ堅苦しい話はできるだけ避けてとおりたいほうですので、ご心配なく。分かりやすさをモットーに進めてまいります。ということで、手始めに設計事務所を知っていただく助けになるのではと、ギョーカイ(わっ、すごい言葉)でよく言われている話をひとつ。
設計事務所(一部の大会社をのぞく)の所長とバーのママとのふしぎな?類似点と相違点について。
まず類似点。とりあえずどこか同業の店(事務所)で働き、仕事をおぼえ、なじみ客をつかみ、資金をためて、独立。何人かのホステス(所員)を雇って、あるいは連れて、お店(事務所)を持ちます。そして開店(開所)の案内状をつくり、電話などでのごあいさつ。あとはひたすらご来店(設計依頼)をお待ち申しあげます。はじめは親戚縁者、友人たちが盛りたててくれます。そして徐々に常連客(クライアント)の輪をひろげていくのが、お決まりのルート。ママ(所長)のキャラクターや能力やサービスで人気がでれば、大繁盛。でなければ・・・。
では相違点はどうか。いろいろありますが、一つだけあげておきましょう。それは、依頼者(お客)の立場に如実にあらわれます。バーは基本的にその夜かぎりなので、お客の気まぐれで行くもよし行かぬもよし。興味本位で入った店が、高いと思えば二度と行かなければよく、気に入れば常連になればよい。
でも設計事務所に仕事を依頼するときは、事情がまったく異なります。家づくりは、個人にとっては一生に一度か二度しかないという大事業。多額のお金も必要です。ポケットマネーで「ちょっと一杯」というわけにはいきません。しかも住宅は少なくとも何十年かは使うもの。
そして、それを頼む相手は建築士とかいってケッコウ偉そうな顔をしている。いつも愛想よく気軽につきあってくれるバーのママとはエライちがいです。
そう、依頼者(お客)にとって、ある意味でキャッチバーよりコワく、敷居が高いのが設計事務所なのかも知れません。それゆえに“設計料”を高い!と感じさせない、信頼でき、ながくつき合える設計者との出会いが大変大事、ということになるのです。
ところが現実的には、この「幸せな出会い」になかなか出会えない。これは理想の伴侶を選ぶがごとく、たいへん難しい作業なのです。でも逆にもし「幸せな結婚」ができれば、夢や目標を共有し、創る喜びを分かちあい、毎日楽しく生き生きとバラ色の未来へ・・・ということも十分ありえるのではないか、と。
つまり。自分や愛する家族の暮らす家を建てるという大イベントを成就する。これからの生活を支えてくれる住宅を専門家と納得のいくまで話合い、創りあげていく。そのためには、やはり良き設計者と膝をつきあわせるのが一番である。というのがマァ、われわれ設計者側の主張ということになります。しかし、当然限られた時間と予算内でのこと。大事なお金を無闇に設計料にあてるわけにもいきません。依頼者としてはショウジキ、そのへんはプロの設計者に、うまく丸めこまれるのではないか、という心配もなくはないでしょう。
ですから設計とはいったいどういうことをするのか。それが依頼者にとってどんな意味を持つのか。ということをお互いに理解しあいながらがゼッタイ必要、だと思うのです。
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