住まいって何なんだろう。
昔は、大きな屋敷に大家族が住む家こそが、住まいそのものであったのですが、今は家族も少なくなり、まわりの社会環境も全く変わってきました。
それに従って、住まいの形もずいぶん変化してきています。
例えば、結婚式やお葬式も、昔は家の座敷でしましたが、今では、それ専用の会場が家の外で用意され、大きな座敷を造る必要はありません。
食事もスーパーやコンビニの発達で、簡単な設備で調理ができるようになるとともに、女性の仕事の場が家の外にできてきた社会状況もあります。
このように、元来家の中にあったものが外部に出ていき、家族の時間の使い方が異なるようになってきたのです。
では、最後に住宅の中に残るものはいったい何でしょう?
私は、それは居間ではないかと考えています。個性に合わせた生活をする個人が、家族の一員であることを確認する場所、それこそが居間であり、最も大切な場所なのではないでしょうか。よく、住まいは個人の性格や家族関係に影響を与えると言われます。例えば、玄関を入ったところに吹抜と階段があり、2階の廊下と繋がっている家があります。2階にはたいがい子供部屋があり、子供たちは誰にも会わずに、外から自分の部屋に入ることができるのです。こんな住まいを皆さんはどのように感じられますか?私は、家族が顔を合わさないような住まいづくりは避けたいと思っています。このような家がたくさん建てられたことが、現代の若者の「わずらわしさ」を極端に嫌う風潮や、様々な家族にまつわる事件を引き起こす一因なのではないかと考えているためです。
そもそも、家族関係はわずらわしいものです。昔から言われる「嫁姑」の問題だけでなく、夫婦、親子、兄弟などの関係も、様々な感情が渦巻く社会の縮図と言えます。そして、子供は社会に向けて巣立つまで、この家族という社会の中で様々なことを学んでいきます。しかし、ただでさえ子供たちが家族とすれ違いになる生活を送っている今、家族と顔を合わせないような造りの住まいでは、本来家族の愛情を育てるべき、住まいの目的に逆行しているように思えてならないのです。家族がもっと顔を合わせてふれあえるような住まいこそ、これからは必要なのではないでしょうか。
私は住まいのデザインを考えるときいつも、家族の精神的な拠り所となる居間を、住まいの中心にすえようと考えています。全ての部屋が居間に接し、居間を通らないと個室に行けないような間取り・・・。このような家では、何をするときでも家族の誰かと顔を合わせることになります。わずらわしいときもあるでしょうが、嬉しいときもたくさんあるはずです。言葉を交わさなくても、目と目を合わせるだけで、お互いの気分や健康状態を思いやることもできるでしょう。さらに、この中心となる空間で、家族が何をしたいかによって、居間の内容は変化します。
ですから、居間がゲーム室になったり、パーティールームになったり、極端な場合には陶芸室などというのもあり得ます。家族のふれあえる居間を中心とした、部屋の位置関係を大切にしていくことで、複雑な感情や関係がゴッタ煮になった家族の生活を住まいが支えていければいいなと思います。
このように、部屋の在り方ひとつ考えるだけでも、住まいの性格は微妙に変化します。様々な性格の、様々な考え方の家族の住まいを作ること、それはまるで複雑なパズルを解くようなものです。しかし、そのパズルにある一定の答えを与えることができたとき、私の仕事の肝心の部分が少し達成された瞬間でもあるのです。しかし、実際にはその答えの数は無限にある・・・、その複雑さ、あるいは面白さの一端を書き綴ってみることにしましょう。
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