前に少し書きましたが、太陽の日差しは大きなエネルギーを持っています。このエネルギーは、人類が存続している間はほぼ無尽蔵で、しかもクリーンであるということで、最近は太陽電池を屋根面に貼り付けたプレハブ住宅も販売されるようになってきました。確かに、太陽エネルギーは安全でクリーンなエネルギーであり、当然、注目せざるを得ません。
しかし、今の動きについて少し引っかかっていることもあります。それは、太陽電池による自家発電も、太陽熱温水システムも、生活するために使用するエネルギー自体の量を減らしたくないという前提のもとで、語られているような気がしてならないからです。つまり、エネルギー資源が減ってきても、今自分たちが受けている生活の便利さを犠牲にしたくない、いやむしろもっと便利な生活をしたい、そのためにこれまで有効利用してこなかった太陽エネルギーを使う・・・、そんな意図が見えているような気がします。しかし、それで良いのでしょうか?
まっそれはさておき、このように太陽エネルギーを太陽電池や太陽熱温水器で電気やお湯に変えて、冷暖房や給湯、照明などに使おうとする住宅を、アクティブソーラーハウスと呼んでいます。これとは反対に、太陽の効果を利用して空気の温度や流れをうまく調節しようとする住宅を、パッシブソーラーハウスと呼びます。アクティブとパッシブ・・・、言葉だけ比べてみると、当然アクティブの方が語感がよろしい。でも、地球環境に与える影響という面では、問題もありそうです。
太陽電池は確かに電気を生み出しますが、つくる段階では、クリーンルームや厳格な温湿度管理が必要で、大変大きなエネルギーを使います。さらに、太陽の光を浴びている間に、紫外線や宇宙線、空気中の有害成分などの影響で、わずかずつ傷んで発電の効率が落ちていき、2〜30年後には取り替えないといけないと言われています。これを捨てるときも、当然ながらエネルギーを使います。このように電気を生む太陽電池も、発電した全部の量から、つくり、設置し、捨てるまでに使う電気の量を差し引いて、本当に地球にやさしいのか考える必要があるのはないでしょうか。
それに引き替え、昔の住まいの知恵は、確かに効率も悪く、効果も少ない(穏やか)かも知れませんが、地球にやさしい工夫なのです。これまで文明の恩恵を目一杯受けてきた先進国としての日本の暮らしは、地球人口の増加や、途上国の生活レベルの向上にともなって、このままそのレベルを保つことが難しくなってきます。私の設計する住まいはそのような時代が来るかも知れないことを想定しています。「冷房しなくても何とか暮らせる家」・・・、これはこれで意味のあるキャッチフレーズとは思いませんか?
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